戦争と平和、その370~統一武術大会ベスト16幕間、ティタニアとバネッサ~
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「・・・入ってもよろしいかしら?」
バネッサはティタニアの控室をノックしていた。試合間の間が設けられる天覧試合では、控室で選手同士が遭遇しないように配慮されている。選手が認めた同伴以外は基本的には入室できないが、試合が終わればその限りではない。
ティタニアが使用していた控室は、次はバネッサが使用する予定だった。控室の前にいる警護の者に聞くと、まだティタニアは出てきていないとのことだった。着替えている可能性もあると考えバネッサは待っていたのだが、次の試合までは一刻近くあるにも関わらず来たのには理由がある。
「(正直、感動したわ。強いだけの者はたくさんいる。気概がある者も、執念がある者も。だけど、強くて美しい者はそういない。修練の過程が透けて見えるような芸術的な武闘。相手がどんな立場の者であれ、あれほどのものを見せられては賛辞の一つも言わせていただきたいものだわ)」
バネッサは元来ティタニアを討伐するために集められてもいたのだが、ジェイクが怪我をしたことで結局ティタニアに協力する羽目になっていた。その後ティタニアと一度戦う約束をしたものの、今はそんな経過も全て忘れ去っていた。それほど先ほどの戦いで見せたティタニアの技術に、惚れていたのだ。
だがいくら待ってもティタニアが出てこない。既に四分の一刻は経過しているのではないだろうか。バネッサは警護の騎士に聞いた。
「ねぇ、中にはティタニア一人なのよね?」
「そのはずです。控室に同行する人間は申請されていませんから」
「何をしているのかしら・・・? 誰か中の様子を確かめてくれない?」
「そうですね・・・おい、誰か女性職員を呼んで来い。中をあらためる」
ほどなくして女性騎士が呼ばれ中に入ろうとしたが、それについてバネッサも中に入っていった。女性騎士が一瞬咎めようとしたが、バネッサは愛嬌で誤魔化してそのまま中に一緒に入っていく。
だが静まり返った控室を見、部屋に入って数歩でバネッサの顔色が変わった。
「血の匂い!」
「え?」
「ティタニア!?」
女性騎士を押しのけるように部屋に入ったバネッサは、長椅子の影に隠れるように倒れたティタニアを発見した。完全無欠の豪傑であるはずのティタニアが、力なく青ざめてその場で倒れている。地面は血の海というほどではないが、ティタニアから流れ出た血が広がっているところだった。
「救護班を、早く!」
「はい!」
さすが騎士は対応が早い。血に慌てることもなく、すぐに外に出て救援を呼びに行った。そのわずかな時間を活かして、バネッサは情報収集をする。ティタニアと二人きりになれる機会などそうあるまい。
まずはティタニアの容態を確認。血は流れており脈は弱く、呼吸は早い。いますぐ死ぬとかそういうことはなさそうだが、明らかに弱っていた。先ほどの戦いで受けたダメージではあるまい。戦いが終わった後、この控室で襲われたのだ。
だがどこから? 誰が、何のために? 殺すつもりだったのなら命を奪っていないのはお粗末だし、現にこうして抱きかかえてさえティタニアは反応しない。今殺すつもりなら、一秒もかからずティタニアを始末できる。それほど重大なダメージを負わせておきながら、どうして犯人は去ったのか。
そしてどうやってティタニアを追い込んだのか、それも定かではない。見たところ、昨日以前に負った傷が悪化しているようだが、新しい傷がない。打撲痕もない。魔術を行使すれば気配でわかるだろう。外の騎士たちはそれほど能無しではない。
そして犯人はどこからいなくなったのか。出口は騎士たちと自分がいたし、会場の側は試合が終われば封鎖される。そちらが開けば、会場にいる連中が誰かが不審に思うだろう。万を超える観衆に全く見られることがなく、そして現在競技場は職員総出で補修中だ。彼らに気付かれないようにそちらから出ることは不可能だ。
「密室だわ。この中で誰にも気づかれず、剣帝を昏倒させる・・・? ちょっと信じられないわね。まだ規格外の化け物が隠れているというの?」
バネッサはティタニアをせめて長椅子に寝かせようとして、その体が異常に熱いことに気付いた。その原因は何かとせめて外套を外そうとして、ティタニアの体の異常に気付いてぎょっとした。
「腹の呪印が動いている・・・これ、封呪よね。ひょっとして、解けかかっているんじゃないの?」
バネッサは魔術には詳しくないが、この首筋がちりちりする嫌な感じは、危機が迫っていることを感じ取っているのである。
続く
次回投稿は、7/10(水)11:00です。