戦争と平和、その369~統一武術大会、ベスト16 ティタニアvsフラウ②~
ティタニアが剣を居合の様に腰に構えた。フラウはそれを察すると、ティタニアに構えを取らせないように戦槌を振るう。競技場を破片ごと巻き上げ、まるで散弾のように競技場を破壊しながらティタニアを攻撃する。
その度ティタニアは居合の構えをしようとしながら、フラウとの距離を一定に保ち避け続けていた。散弾はティタニアの皮膚を削り血が滲み出たが、その程度で怯むティタニアではない。
そしてそんなことを繰り返しながら競技場の半分以上がなくなった時、異変に気付く観客たちがいた。
「競技場が・・・」
「フラウの立ち位置が孤立してきたぞ」
気付けばフラウの立っている場所の周囲に、足場がなくなっていた。これではフラウが攻撃するには飛びかからなければならないが、その隙をティタニアが見逃すはずがない。
「だけど、ティタニアの攻撃も届かないんじゃないのか・・・?」
「じゃあこのまま膠着状態か」
互いの武器が届かないほど足場を壊すなど、なんと間抜けな戦いか――そう考えた観客の考えをただすように、ティタニアが剣を一振るいする。すると、フラウの足元の競技場にひびが入っていた。
「木刀では威力、精度共に劣りますが、遠隔攻撃の手段がないわけではありません。勝負が見えたのでは?」
「本当にそう思うか?」
フラウが戦槌を持ち替えた。平たい部分ではなく、腹の部分を向けている。ティタニアはその意図を理解すると、表情が険しくなっていた。
「ああ、そういうことですか。最初からそのつもりで。加護は大地だけではなく、風もあると」
「さしもの貴様も風の壁はどうしようもあるまい。避ける場所はもうない」
「見くびられたものです。これしきの状況をどうにかできないと思われたとは」
フラウはティタニアの言葉を全て聞く前に、戦槌を振り始めていた。面積の大きい箇所を相手に向けることで、先ほどよりも遥かに大きい風圧を相手に向ける。フラウの力と加護で振れば、破壊不可能の風の壁がティタニアを場外に押し出すはずだった。
が、そうはならなかった。フラウの振りだそうとした戦槌は、前に出ることなく引っ掛かったように止まっていた。フラウが不思議そうに自分の戦槌を眺めていた。木製ではあるが、自分が握って大地の加護を得ることで、素材以上の硬度を発揮するはずなのに、その戦槌にひびがはいっていた。
眼前のティタニアは突きを放ったような恰好をしていた。ティタニアが突きを遠当てで放ったことは理解出来たが、驚異的なのはそこからだった。
「どうして素手でできる遠当てを、武器を持っただけでできないというのか。原則原理がわかっていれば、武器を選ばず攻撃することが可能です。
加護も特性も必要ない。要は理解し、研鑽できるかどうかにかかっている」
「・・・普通、それができないから加護や魔術を必要とするのだ。自分がどのくらい規格外なのか、もう少し理解した方がよいのではないのか?」
フラウが苦笑いしたが、ティタニアが放つ遠宛は斬撃、突き、さらには弧を描いて飛んでくるものなど、無数の斬撃が一度に飛来していた。
斬撃の気配を読み取れるもの、あるいは空気の流れが見えた者にとっては、それは宙に描かれる花のようでもあった。
「・・・芸術だわ」
試合を見ていたバネッサがぼそりとつぶやいていた。バネッサも戦いの華については一家言ある方だが、それを上回るものを見た。
フラウもまだできることがないでもなかったが、無駄な抵抗はやめた。このルール内での戦いでは勝てないことがわかったからだ。フラウは足元の競技場の残りが崩れるに従い、そのまま地面へと着地した。
「勝者、ティタニア!」
何が起きたか理解できた観客はほとんどいなかった。フラウは圧倒的な膂力で競技場を破壊し、その余波で崩れた足場で落下したようにしか見えなかった。ティタニアの剣戟は早すぎて見えず、一部はティタニアが何かしたらしい、くらいのことしか理解できていなかったのだ。
ティタニアは勝利宣言を受けると、フラウの方に歩み寄った。
「今回は私が勝ちましたが、またいずれ機会があればルールのないところで戦いましょう。今度は互いに、全力で」
「気づいていたのか」
「ええ。もし競技場の破片を使った散弾をもっと使用されたりすれば、観客に被害が出たでしょう。さらに大地の加護に上限は本来ないはず。かつて大地の加護持ちを見たことがありますが、その気になれば山をも揺るがす一撃が打てるはずです。全力で打てば、この競技場だけでなく、会場そのものが木っ端みじんになるのでは?」
ティタニアの言葉にフラウが笑った。
「命と引き換えにすれば打てるかもな。だがそれには凄まじい溜めが必要だし、戦いの中で使うようなものではないよ。貴様が思うほどに便利な能力ではない。加護といっても、能力は様々なのだ」
「そうですか。使い手がほとんどいないので、私も詳しくは知らないですからね」
ティタニアが悩んだ時に、フラウがそっと耳打ちした。
「一つだけ聞きたい。バスケスが倒れたのは貴様の仕業か?」
「――どうやったかは言えませんが、そうですとだけ答えておきましょう」
「そうか・・・いや、不快な男だったからな。そのおかげで胸がすく思いだった。礼を言おう」
「褒められたことではありませんけどね」
「いや、女の敵は処分するに限る。それが私の役目でもあるからな」
「そうですか、あなたは――いえ、私も何も聞かないでおきましょう。それが礼儀でしょうね」
フラウは微笑むとその場を去った。
「貴様が黒の魔術士などでなければな。いずれゆっくりと酒でも飲みたいものだ」
「酒ではあなたに勝てないでしょう。負けのわかった戦いは辛いものです」
「はは、確かに底なしではある。武運を」
ティタニアにしては珍しく戦った相手と会話を続けたが、ひと時の心地よい会話を終えると、珍しく観客に少し手を上げながら会場を後にした。孤独な戦いを一人続けてきたティタニアにとって、戦いの後に称賛を受けることは悪い気分ではなかった。
そんなティタニアの姿を様々な感情でもって眺める者達がいたが、ジェミャカとヴァトルカがその姿を眺めていた。
「あれ、舞じゃないんだよね? 舞とは違う形で、あそこまで到達したってこと? 一人の人間が?」
「そういうことでしょうね」
「規格外過ぎるでしょ? あれは人間の皮を被った化け物だわ」
「だからこそオーランゼブルも声をかけたのでしょう。ただの人間は、よく考えれば黒の魔術士ではティタニアただ一人ですから」
「だからってさぁ――」
ジェミャカが文句を続けようとして、ぴくりと反応した。その意味にヴァトルカも気付き、二人は同時に脂汗を大量に吹きだしていた。
「こ、この気配は――」
「そんな、なんで?」
二人が意味がわからないとばかりに、顔を見合わせたのである。
ティタニアが控室に引き上げた時、怪我の割に気分はよかった。まだ傷は塞がらないが、瞑想と自己処置で多少マシである。大きな傷は負わなかったし、相手の割に上出来だと思われた。
「ふむ、あと三試合――これならなんとか正当な戦いで勝ち抜けるか」
良い相手と、良い戦いをしたことが油断に繋がったとは思えない。だがそのティタニアをもってして、控室の中にいた相手に気付かなかった。そして気付いたにも関わらず、目の前に接近されるまで反応できなかった。
「な――」
ティタニアが剣を抜くよりも速く、相手はティタニアに触れていた。そしてティタニアの意識は暗転していたのである。
続く
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