戦争と平和、その368~統一武術大会、ベスト16 ティタニアvsフラウ①~
一方、試合に向かったティタニアの前には、ダロンを力で圧倒したフラウが立っていた。フラウは素顔を晒したくないのか今までフードを目深にかぶっていたのだが、今日はフードを取り去り、その素顔を衆目に晒していた。
フラウの素顔は、ティタニアが見ても美しいと思う。観客席が試合前の盛り上がりとは別にざわつくのも、ティタニアはよくわかるのだ。これだけ美しい女が天覧試合に出るとなれば、それだけで客が殺到してもおかしくない。ティタニアもそれなりに容姿には自信を持っていたが、これだけの女を前にするとさすがに引け目を感じざるをえなかった。
それだけに、逆に違和感も感じる。これだけ美麗かつ強靭な戦士が巷で噂にならないものか。おそらく普通の人間ではあるまいと、ティタニアも感じ取っていた。
審判の注意が終わると、二人が距離を取る前にフラウが話かけてきた。
「剣帝よ、すまぬな」
「何がです?」
フラウがティタニアのことを剣帝と呼んでも、なぜか違和感を感じなかった。フラウに全て承知だと言われても、納得できる気がした。この美貌自体が幻想のようなものである。その美貌を前に何を言われても、そうだとしか言えそうにもなかった。
「この大会、私は適当なところで棄権するつもりだった。各傭兵団の出来などを見に来ただけだし、会議の結末を見るための斥候のつもりだったのだ。天覧試合で目立つつもりはなかった。
だが事情が変わった。我々の上位存在の命令だ、レーヴァンティンを渡すわけにはいかない」
「なぜです? たかが魔剣の一本でしょう? 私が収集したとて、何の不利益があるのですか」
「貴様がそれを言うのか? レーヴァンティンの真の利用価値を、貴様は知っているはずだ。そんな奴にあの剣を渡すわけにはいかん。
もしオーランゼブルの手に渡りでもしたら、いやそれ以上にブラディマリアなどが手にすることがあれば、一体どういうことになってしまうのか。想像できぬ貴様ではあるまい」
ティタニアはフラウの目をじっと見返した。どこまでカマをかけているのかがわからないが、ティタニアが知らないことも知っていそうではある。やはり人間ではない――そう考えたティタニアの前で、フラウの殺気が膨れ上がった。
「だから早々に棄権しろ、これが最後の忠告だ。そもそもその深手、まともに戦うことはままなるまい」
「お断りします。戦わずして棄権するなど、剣士の恥。剣帝が脅しに屈するとお思いか。もし私に棄権しろというのなら、それだけの理由を包み隠さず述べるがよろしかろう」
「――それは言えんな」
「では交渉決裂ですね。力で屈服させてごらんなさい」
「ではそうしよう。結果として死んでも恨むな」
先ほどから審判が二人に距離を取り、構えるように促していたが二人ともそのような忠告は聞いていなかった。業を煮やした審判が、接近したままの二人に対して開始の合図を告げた。
「始め!」
そして掛け声と共に、さらにフラウの闘気が膨れ上がった。フラウの武器は戦槌、を模した木製の槌であるわけだが、ティタニアは開始と同時に後ろに飛んだ。受けてから反撃するつもりだったが、本能が回避を選択した。
そして思わぬほど自分でも後ろに飛んでいたのだが、目の前をアイラーヴァタの脚が通過したと思わんばかりの風圧がティタニアの髪をたなびかせた。風圧は観客席まで届き、観戦していた婦人の帽子を吹き飛ばしていた。
横薙ぎの力任せの一撃がこれほどの圧を持つ。ティタニアがまさかの可能性を考えていると、フラウの一撃が頭上から振り下ろされ、競技場に直撃して競技場を四つに分断していた。
まるでプディングに振り下ろされた拳のように、フラウの戦槌が競技場を破壊していたのである。
「・・・・・・はっ?」
人は驚き過ぎると声が出ない。木製の武器で、石造りの競技場を一撃で破壊する。宙に舞った競技場の欠片が音を立てて地上に降りてきたとき、一部の観客が我に返った。
人の力ではない。そんなことは誰の目にも明らかだったのだが、その中で一番冷静に分析を続けていたのはティタニアだろう。
「ふむ、魔獣の幻身かと思いましたが、木製の武器が石造りの競技場を破壊して傷一つないのはおかしい。特性持ち――いえ、『大地の加護』持ちというところでしょうか」
「正解だ。一目で見抜く者はそういないのだが、さすがに戦闘経験が違う」
「褒めていただき光栄ですが、困りましたね。魔術禁止となると、最も厄介な相手の一つ。
手に持つ武器の強度は鋼以上となり、自身の耐久力もまた鋼以上となりうる。そして地に足をつける限り、体力が尽きることもない。
そちらの攻撃を防ぐことは不可能でしょうし、こちらの攻撃も普通なら通らない。さて、これを殺すことなく制圧するとなると、方法が限られますね」
ティタニアの物言いに、フラウがぴくりと反応した。その表情は不機嫌そうに見える。
「剣帝、貴様殺すことなく制圧すると言ったな? ならば私を殺すのはたやすいということか?」
「はい、それは容易く行えるでしょう。見たところあなたの振りには技術がない。ただ速く、威力があるだけ。それでは巨人の駄々子となんら変わりがないのです。私が負ける道理がない。
それに体がいかに固かろうと、私には問題になりません」
「鋼以上の強度を、木で斬れるというのか」
「斬れいでか。鉄で鉄を断つのは凡人、強度に劣る武器で相手の防御を突破してこその技術。どうしてその程度の発想もできないのか、私にはむしろ不思議でしょうがない」
続く
次回投稿は、7/6(土)12:00です。