それぞれの選択、その5~集う闇~
「勘がいいね。もう一歩踏み出していたら、消し飛ばせたのに」
「貴様、何者だ?」
言葉を発したのは黒髪の吟遊詩人。驚いたのはアルフィリース達も同じで、思わず後ろを振り返ってしまった。吟遊詩人は優雅に笑顔のままである。その吟遊詩人を憎々しげに睨みながら、ライフレスが問いかける。
「人間ではないな・・・それにこの力。名を名乗れ!」
「私か? 普通は自分から名乗るのが礼儀だが、まあ私は君の名前を知っているよ、英雄王」
「!?」
ライフレスが驚愕に目を見開く。
「君には生まれた時から注目していた。類い稀な才能と、凄まじい研鑽。人間にしては、素晴らしい力を身につけたと思う。でも、今の君は一体何者だ? 私の知っている君は、確かに老いて死ぬはずだった。その姿は一体・・・」
「ふん、俺を知っているだと? なるほど、貴様は真竜というところか」
ライフレスが要領を得たとばかりに吟遊詩人を睨みつけた。そこで吟遊詩人もふと笑みをこぼす。
「いかにも。私は真竜グウェンドルフ」
「ち、よりにもよって『破壊竜』の異名を取る真竜の長か・・・」
「やっぱりグウェンだったのね!」
アルフィリースの顔が嬉しさに綻ぶ。彼女にとってはいい思い出の一つであり、遊び相手でもあり、様々な事を教えてくれた師匠の一人でもある。
「びっくりしたわよ、人間の恰好なんてしているから! でもなんでここに?」
「ふふ、すまないね。君ならわかるかと思ったんだが、そういえば君の前ではこの姿は取っていなかったものね。アルドリュースとはこの姿でよく会っていたから、つい失念していたよ。ここにはサーペントの使い魔から連絡が来たのさ。アルフィリースに貸しができたが、自分は沼地を離れられないから代わりに彼女を守ってくれないかとね。まったく、兄貴分をなんだと思っているのやら」
そういって文句を言うグウェンドルフの顔は、だが楽しげだった。そして今度は厳しい顔をライフレスに向けると、ぴしゃりと言い放つ。
「本来は争いごとに介入しない真竜だが、この娘は我が娘も同然。また私が友人と呼んだ男の忘れ形見でもある。さらに真竜サーペントはこの娘に恩がある。もしこの娘に手を出すと言うのなら、真竜の長である私が相手になろう。いかに英雄王と呼ばれた貴様とて、そこまで無謀ではあるまい?」
「何を言う? それこそ俺が望んだ形ではないか!」
「な・・・」
ライフレスのそのセリフに、全員が息を飲んだ。今ライフレスは、真竜相手に戦うと宣言したのだ。
「面白い! 真竜とは一度戦いたいと思っていたのだ。以前は戦うような機会に恵まれなかったが、俺の800年に渡る研鑽の成果として、一つの指標にはなるな! それに正直、このままアルフィリースを叩き潰すのは弱い者いじめのようで、少し気が乗らなかったのだよ!」
ライフレスが楽しそうに笑う。やっと好敵手を見つけたとばかりの顔だ。芯からの戦闘狂。その情念に、アルフィリース達は寒気を覚える。
「本気か、英雄王」
「冗談でこんなことは言わんよ、俺は。さあ、戦え破壊竜! 一息で国を滅ぼすという、貴様の自慢のブレスを見せてみろ!」
「やむをえんか・・・」
グウェンドルフからも殺気と魔力が迸る。まるで竜巻が近くに2つ発生したかのように、土煙りが舞い上がった。
「うっ!」
「これはいかんな」
思わずミランダ達が後ずさる。
「できれば町には損害を出したくないが、無理だろうな・・・」
「グウェン、本気なの?」
アルフィリースがグウェンドルフの方を心配そうな顔で見る。
「うむ。こちらはどうあれ、向うは既にやる気十分だ。アルフィリース、しっかり周りを守っていろ。戦いは私一人で十分だ」
「そんな!」
「足手まといだと、言っている!」
優しそうだったグウェンドルフの顔が、戦う顔へと変わっていく。どうやらグウェンドルフにとっても、ライフレスは生易しい相手ではないらしい。その2人が戦闘に入ろうとした瞬間、2人の間に一陣の風が吹いた。
凄まじい衝撃音と共に地面が割れ、さらに延長線上にあった建物が真っ二つになる。そこに場違いともとれる間の抜けた声が響いてきた。
「はい、そこまで~」
「ライフレス、やりすぎです」
ケラケラと笑うアノーマリーと、美しい黒髪の女剣士ティタニアが突如として現れた。さらにその後から次々と現れる者達がいる。
「キャハハハ! ライフレスったら、何マジになってんのぉ~?」
「まったくだ、抜け駆けはなしだぜ」
「ハーハハハハハ! 俺も混ぜろぉ!」
「ドラグレオ、貴方は黙っていなさい。話がややこしくなる」
「どういうつもりだ、貴様? お師匠様の命令に逆らうとは」
一様に黒のローブをまとった男達。中にはファランクスを仕留めたドラグレオや、洞穴で出会ってリサにつきまとおうとしたドゥームもいた。その一様に不吉な気を纏う集団を見て、アルフィリース達は恐怖にかられる。ライフレス一人でも手に余るこの状況で、同じような存在がさらに7人。
「何よこいつら・・・」
「俺の仲間だ、一応はな。もっとも認めたくはないがな」
ライフレスが吐き捨てるように、アルフィリースの問いに応じる。その言葉に黒いローブの集団もまた、応えを返す。
「ひどい言い草だね~。こっちだって好きでやってるんじゃないっての」
「全くです。ただ我々は一つの目的のために協力しているだけの事」
「そうよ~。だからライフレスも暴走はそ・こ・ま・で。キャハハハ!」
だがそれでもライフレスは完全に戦闘態勢を解いたわけではない。隙あらばアルフィリースに襲いかかって来るだろう。そしてその決心を固めたのか、ライフレスがアルフィリースの方に歩いてくる。そのライフレスとアルフィリースの間に立ちはだかるティタニア。
「そこまでです。それ以上こちらにくれば・・・斬ります」
「出来るのか? たかが剣士に」
「やれと言われれば魔法だろうが斬りましょう。そのために鍛え上げた剣です」
尋常ならざる殺気が2人の間に立ち上る。殺気だけで人が殺せそうなほど鋭い気配。戦いを幾度となく経験したアルフィリース達ですら、逃げ出したくなるほどの殺気。黒髪の女剣士、ティタニアから発せられる殺気はとても静かだったが、その力強さたるや、グウェンドルフやライフレスに勝るとも劣らない。
だが周囲のローブの連中はその争いを止めるわけでもなく、ニヤニヤしながらその様子を見ているだけだった。まるで良い見世物だとでもいわんばかりに。
「意地張らないの、ライフレス~。いくらなんでも、アタシ達を全員敵に回したら、貴方でも死ぬわよ?」
「それはどうかな? お前達が俺を仕留めきるより、俺がアルフィリースを殺す方が早い。なんならお前達ごと、この辺一帯を吹き飛ばしてもいいぞ?」
「うっわ、すごい自信だね~」
「また身の程知らずなことを」
「これは本格的にお灸をすえる必要があるのでは?」
「しかし、貴方ほどの男がなぜそこまでこの娘に執心するのです? 見た所、大した実力者にも見えませんが」
ティタニアがアルフィリースを横目でちらりと見る。その鋭い目に思わずびくりとするアルフィリース。
「貴様は剣士だからわからんさ。他の連中も純系の魔術士ではないだろう? だが俺にはわかる。この女は、いずれ俺達の領域に到達しうる逸材だ。しかも俺達に明確な敵意を持ってな。その時に慌てても遅いのさ。危険な芽は、摘めるうちに摘んでおく。俺は俺なりに、計画の事を考えている。なぜそれがわからん?」
「(計画・・・?)」
ミランダがその言葉に反応する。やはりこの集団は、何かしら明確な目的を持って動いているのだ。だがしかし、その内容がわからない。
「さあ、そこをどけ。罰ならいくらでも受けてやろう。だから俺にその娘を殺させろ!」
「だってさ、お師匠様。どうしますか?」
アノーマリーが何も無い空間に話しかける。すると空間に魔法陣が浮かび上がり、その空間が黒く歪んだかと思うと、またしても黒いローブの男が出てきた。この男はフードを目深にかぶっているため、顔が見えない。その男が出てきた時、アルフィリースは思わずミランダの手を握っていた。ミランダがびっくりしたようにアルフィリースの顔を見るが、アルフィリースは完全に怯えきった顔をしていたのだ。
「アルフィ?」
「ごめん、ミランダ。手を離さないで」
「ああ。それはいいけど」
アルフィリースが小刻みに震えているのを見て、ミランダは手を握り返してやった。アルフィリースにも、なぜそこまで自分が怯えるのかわからない。
「(どうしてだろう・・・どうしてあの男が怖いんだろう。私はあの男に勝てない気がする、たとえどれほど修行を積んでも、どれほど犠牲を払っても。どうして? ライフレスにすらこんな感情は一度も抱かなかったのに)」
だがアルフィリースの怯えを目ざとい連中は目の端に止めながら、全員がその黒いローブの男に軽く頭を垂れる。そしてゆっくりとライフレスに歩み寄ると、重々しくライフレスに問いかけた。
「ライフレスよ・・・我々は何のために動いている?」
「は、それは『世界の真実の解放のために』」
「そうだ。そのための方策は、全て私が考える。お前ごときが勝手をしてよいものではない」
「・・・申し訳ありません」
「うむ、罰は受けてもらうぞ? そして私にとっても意外な事だが、なんとも懐かしい顔がいるな」
声の調子からは、ローブの男は老人の様な響きがある。老人はグウェンドルフに向き直ると、まるで滑るかのように移動する。そしてグウェンドルフから10歩程度の距離に寄ると、そこでぴたりと止まった。
続く
次回投稿は、4/18(月)17:00です。