戦争と平和、その367~統一武術大会ベスト16幕間、ティタニアとアルフィリース①~
「ティタニア・・・」
「良い勝負でした、と思いましたが。その様子だと、あの娘の癖には気づいていたようですね。普段からよく手合せをしている仲だということですか」
「ええ、その通りよ。ただもし初見の相手なら、別の方法をとっただけだわ。その場合かなり余裕がなかったことは認めるわ」
「殊勝ですね」
それだけ会話をすると、ティタニアは静かに長椅子に腰かけた。だがその表情に覇気がないことにアルフィリースは気付く。顔は青ざめ、呼吸は少し乱れているように感じる。
アルフィリースはミランダからの報告を聞いている。ティタニアは相当の手負いのはずである。今ならなんとかできるか――と一瞬頭をよぎった考えを、すぐに打ち消した。
「(これでどうにかできるなら、今までに誰かがどうにかしているのよね。そもそもミランダが逃すはずがないし。徹底的に弱らせるのなら、私が何かする必要はないわ。私のすべきことは別にある)」
アルフィリースは思い直してティタニアと会話することにした。まさかこの状況で斬りかかっては来ないだろうし、むしろゆっくり話をしてみたいとさえ思っていたからである。
「試合前に悪いのだけど、少しお話いいかしら」
「アルフィ・・・!」
「少々なら構いません。どうせ試合の間は少しあるそうですから。私がここに来たのは休息のためなので」
リサの心配をよそにあっさりと許容したティタニアの隣に、アルフィリースはすとんと座り込んだ。
「ティタニアって魔術士なの?」
「どうしてそう思います?」
「だって、『黒の魔術士』にいたじゃない」
「それはあなたたちの呼称で――昔は今のように剣技だ、魔術だと体系的に学ぶことがなかったものですから、大抵の人間が魔術も武芸も双方を嗜みました。
私の場合は生まれつき、ある程度魔術が使えました。現在の言い方をするなら、系統によらない固有魔術とでもいいますか」
「どんなやつ?」
「それは内緒です」
「ケチ」
世間話のようにティタニアに物を言い、ふくれっ面までするアルフィリース。リサは凍り付く思いだったが、思いのほかティタニアも気分を悪くしてはいないらしい。
アルフィリースは続けて話し込んでいた。
「ティタニアも呪印を使うじゃない?」
「そうですが」
「でも私のとはちょっと違うよね?」
「あなたの呪印は四肢から体幹まで一体式の『封呪』でしょう? 私の場合は体幹にあるものが『封呪』で、四肢のものは『強化』です。役割が違います」
「体幹にある呪印を解放すると漏れ出る大魔王の力を、四肢の呪印で受け止め強化する。そんなところ?」
「・・・よくわかりますね」
ティタニアが驚きの表情を見せたが、アルフィリースはさらに鋭い質問をした。
「それって、かなり高度な呪印の施し方だよね? 誰がそれをしたの? 自分じゃあ無理だと思うんだけど」
「・・・昔は腕の良い『紋様師』なる者がいたのですよ。大魔王ペルパーギスの封印は当時の人間にとって大命題の一つでしたから。倒せないとわかった時、それに携わった人間たちにとって封印することは自分の命よりも大事だったそうです。
実は私は封印を受け取る者としては三人目――前の二人は消耗して早くに死んでいます。それだけ封印を施される者にも負担なのですよ、この封印は」
「別の誰かに受け渡すことは考えなかったの?」
「もちろん私だけでなく他の者も考えていました。封印の初代は私の祖母、次が母、そして私です。解決策を見出すため、そして次世代にこの封印を渡すための準備はしていました。
その紋様師の里が、山の崩落で全滅するまでは」
ティタニアの言葉にしばしアルフィリースとリサは絶句した。つまり、大魔王ペルパーギスの復活は数百年前になっていてもおかしくなかったのだ。
ティタニアは続けた。
「この封印は宿主の生命力に依存します。祖母は5年と少しで、母は10年以上もちました。私が鍛えればもっともたせられると思いましたが――10年で同じ封印を施せる紋様師が全く別の場所から現れるとは考えにくかった。
私は自らを鍛えると共に、自らを眠りにつかせる術も体得しました。それが極端に代謝を落として休眠状態に入ること。
そして定期的に覚醒しては修行し、ペルパーギスを討伐しうる武器の収集を行い、さらには封印そのものを維持できる方法論の模索をしていたのです。この千年で、そんなものには巡りあいませんでしたが」
「・・・一つ質問。正直、あなたの今の実力ならその大魔王を倒せないの?」
「倒せます、おそらくは」
アルフィリースの質問にティタニアが言い切った。ならば答えは簡単なはずだが。
「だったら――」
「この封印が解けるとき、宿主は確実に死にます。それは封印を次の者に渡しても同じです。ゆえに私がペルパーギスを倒せる実力を備えたとしても、何の解決にもならない。私がすべきことは集めた武器を誰かに託すこと、そして私の技術を継承しうる者の出現です。あるいは私を打倒しうるだけの逸材を見つけること。
この武術大会はレーヴァンティンを手に入れるためというのが目的だと思われているでしょうが、強者を見定める意味では私にとっても好都合なのです。実際、非常に興味深い者たちが集まっていますしね。現段階で私とわたりあえそうなのが二人、才能だけなら私よりもある者がほとんどです。
彼らが百年の修業すればあるいは――というところですが」
「じゃあ結局ダメなのね。その封印、もうすぐ解けるんでしょ?」
アルフィリースの言葉に、ティタニアが寂しく笑った。
「可能な限りもたせて見せますが、何もしなければ三年以内には確実に」
「対抗策は?」
「わずかな可能性なら見つけることができました。ですがそれを当てにするにはまだ早い。それまでに少しでも準備をしておきたいところです。
幸いにしてペルパーギスの脅威を知る者がまだこの大陸にはいて、それらが勢力をもっている。決定的な対抗策は彼らに任せることもできるでしょうが、私のやるべきことは被害を最小限にとどめることでしょうね。
それよりも、私にしかできない役目があると考えています」
「ティタニアにしか?」
「ええ。これは剣を奉じる一族でしかわからないことでしょうし、確証をもったのは私だけでしょうが――アルフィリース、あなたは『武器の王』というものをご存じですか?」
武器の王――聞いたことがない言葉に、アルフィリースは首を横に振った。
「そうですか――武器を収集するなかで気付いたのですが、古の武器には意志を持つ者がいます。あなたのところにいるインパルスなどは良い例でしょうが、人化する術を覚えた武器と、『遺跡』由来の武器とでは意味が違います。
どちらのしろ人の手に余る武器を破壊して回っているのが『銀の一族』で、私たちはそれらをいずれ利用できないかと保管するために動いたわけですが――」
「え、え? それって――」
予想外の話にアルフィリースの頭が追いついていない。アルフィリースが狼狽えるのは珍しいとリサが考えたが、ティタニアは何かにかられたようにアルフィリースを無視して話続けていた。
「中には一振りで国を滅ぼしうる危険な武器もあります。今回のレーヴァンティンがまさにそれですが、かつて一振りで山を蒸発させたとあるほどです。ですがそれはあくまで副次的な効果で、本来は別の用途があると――本当かどうかは知りませんが、大切なのはそれらを心無い誰かが振るうことで、人目につかないように隠された『遺跡』の番人たちすらも退けうるということです。
黒の魔術士たちですら複数集まらねば、立ち入ることすらできない遺跡。ドゥームの呼びかけで入り口の番人とは戦いましたが、それですら複数人で良い勝負となるほど。かのブラディマリアですら、単独攻略は不可能だと言われています。レーヴァンティンを誰が握るかでは、ひょっとして遺跡の攻略がなされてしまうかも――そんな武器を放っておくことはできないのです。大会の賞品として提示するには、レーヴァンティンはあまりに危険な代物です。アルネリアがどこまでわかってやっているのかは知りませんが。
ですが、そんな武器に対する絶対命令権を保持する剣があるという話を聞きました。それが――レメゲートなる剣だと」
続く
次回投稿は、7/2(火)12:00です。