戦争と平和、その365~統一武術大会、ベスト16 アルフィリースvsドロシー⑤~
アルフィリースは小さく、だが深く息を吐いた。二剣を構えたドロシーがじりじりと距離を詰め、高まる緊張感に会場が静まり返る。汗をかくのはドロシー。その汗が顎から滴り、靴に当たった瞬間にドロシーが前に出た。
「アアッ!」
咆哮と共に放たれるドロシーの二剣が空を切る。ここまで追い詰められた状態で一度でも剣を受け損ねれば、場外となる。アルフィリースが剣を避けるのも当然だが、いつまでも躱せるものではない。
案の定アルフィリースが体勢を崩しぐらつく瞬間、ドロシーが勝負をかけた。ここまでほとんど放っていない突きを放つ。しかも腰からのひねりを加えた、渾身の一撃。
「まだ隠し玉がありやがった!」
「いや、つられたぞ!」
唸るライン、叫ぶロッハ。だが動じることなく、その渾身の一撃の一瞬の隙をついてアルフィリースが前に出る。そしてドロシーの突きの前に、丸盾を差し出した。
盾の砕ける鈍い音、そして跳ね上げられるドロシーの右手。一瞬ドロシーの懐に隙ができたが、ドロシーはその脅威の身体能力をもって踏ん張り、体当たりに出た。
「うわああっ!?」
剣を振るうよりその方が早いと思った――その瞬間、今度こそドロシーの体は宙に浮いていた。ドロシーは周囲の光景をゆっくりに感じ、たなびくアルフィリースの黒髪をつかもうとして、やめた。
「場外! アルフィリースの勝利!」
逆転勝ちに観客が湧いた。団員たちは息をするのもわすれてこの勝負に見入っていたせいか、大半の者が息を吐き出し、中にはその場にへたり込む者もいた。そのくらい緊張感のある勝負だったのだ。
勝利の瞬間、団長が勝ってよかったと安堵する者、ドロシーに惜しかったと賛辞を贈る者様々いたが、数名は反応が違っていた。
「よく反応したな。あそこで体当たりとは」
「――仕掛けやがったな、アルフィリースの奴」
「うん?」
「なんでもねぇよ」
賛辞を贈るロッハの傍で、ラインは少し険しい顔で勝利して賛辞を受けるアルフィリースの表情を見つめていた。体当たりを受け流したならわかった。だが、体当たりに行くドロシーの出足を払ったのだ。反応が良いなんてものではない、読んでいなければ不可能なことだ。
ラインはこの試合でのアルフィリースの意図が分かった気がした。
「(ドロシーに基本に剣技を仕込んだのはアルフィリースだ。様々なところで剣を学ぶとはいえ、アルフィリースが教えた基本の型はぶれていない。咄嗟の判断になる時こそ、その癖が出るだろう。
ならば――このような状況で、ドロシーがどのような選択肢をとるか予想をつけることもできたはずだ。場外にさせるのも、その気なら完全に封殺することもできたはずだ。
それをしなかったというのは、おそらくは――)」
アルフィリースの意図をとても聞く気にはなれなかったが、ある意味では納得もできてしまうライン。あらためてアルフィリースのことを恐ろしいと思うと同時に、頼りになる団長だとも思い直した。
そしてアルフィリースに称賛を送るミランダ。アルフィリース勝利の瞬間、ガッツポーズをしたことはおそらくアルベルトしか見ていないだろう。本部責任者の席には薄く垂れ幕をかけてある。
「よっしゃ! 期待通り!」
「ミランダ様、大会責任者がその反応はいかがなものかと」
「そうは言ってもね、これだけボロ勝ちしたら笑いが止まらな――おっとっと。つい本音が」
ミランダがぺろりと舌を出す。そのようなミランダの態度は久しぶりだったので、アルベルトは安堵する一方で呆れたため息も出てしまった。
「負けていたら借金生活だったのでは?」
「ターシャじゃあるまいし、破産するほど賭けてはいませんけどね。でも勝つのは予定通りだわ。そもそもアルフィリースから持ち掛けてきた話だし。『絶対に勝つから、賭けるなら大量にね。で、折半よ』ってさ」
「やはり賭けてましたか・・・しかしそのアルフィリース殿の自信はどこから?」
「それはね――」
ミランダがアルベルトに語って聞かせる。そしてその理由を知る者はもう一人。素直に賛辞を贈るレイファンの隣にいるリサである。
「見事な勝利ですね」
「まぁ、当然でしょう」
アルフィリースの勝利を喜ぶレイファンの隣で、リサは口数少なくもやもやするような胸のつかえを感じていた。
「(アルフィリース・・・私は全て聞いていますが、本当にそれでよかったのですか? ここまでして勝ってきたのに、そんなあっさりと――もう少し、我欲というものを出してもよいのでは?)」
リサはレイファンには気づかれぬように、手を叩きながらも小さくため息を吐いたのである。
続く
次回投稿は、6/28(金)12:00です。