それぞれの選択、その4~少女と吟遊詩人~
「ママって」
「アルフィ、あんたいつの間に・・・」
「ち、違う違う! 間違いだってば!」
アルフィリースが必死に否定したが、リサがぽんと肩を叩く。
「アルフィ、まさか貴女がそこまで大人だったとは。リサの負けを素直に認めましょう」
「馬鹿言わないで、キスだってしたことないわよっ!!」
そこまで言って、アルフィリースがはっとする。アルフィリースが思わぬ大声で言い返したため、通りを行く人々が歩みを止めていた。そしてひそひそと何やら言いあっている。
「(聞いた?)」
「(あの歳で・・・まだなんですって)」
「(可哀想にね・・・)」
「(もったいねぇなぁ)」
「(いやいや、何かしら致命的な欠点があるんだよ)」
「(男よりも、女の方が好きとかじゃねぇのか?)」
「(ありうるな・・・)」
町人達は好き勝手な事を言い合っていた。その言葉がアルフィリースにも聞こえてきたので、顔を真っ赤にしてふるふると震えている。そして自分に満面の笑顔でしがみつく少女に、思わず荒い口を聞いてしまう。
「ちょっと!? 貴女はなんなの? 何の恨みがあって、私にそんな事を言うの?」
「ママ、私の事忘れちゃったの??」
だが答えはアルフィリースにとっては意外、少女にとっては当然のものだった。アルフィリースの言葉を聞いて、少女の顔が突然曇る。そしてあっという間に目に涙を浮かべ、大声で泣き始めた。
「うわああああ~ん! ひどいよう~。ママが、ママが私の事を置いて出ていくから、私は頑張って追いかけてきたのにぃ~!!」
「え、ええ? えええ??」
少女はとても子どもとは思えないほどの大声で泣いた。周りにいた仲間が全員で耳を塞いでも、まだ脳天に響く大声量。そのあまりの大声に、建物の中からもなんだなんだと、人が次々と出てくる。アルフィリースは注目の的になったことに気づいて、さらに顔を熟れたトウカラの実のように真っ赤にしたが、それでもお構いなく少女は泣き続けた。
「ママが私の事忘れちゃった~!! うわああああ~ん!」
「ちょ、ちょっと・・・泣きやんで、ね? どうしよう・・・」
どうやら少女は、本当にアルフィリースの事を母親だと思っているようだ。全く悪意が無いのはアルフィリースにも分かったため、どうにか泣きやませようと少女の頭をなでたり、なだめるのに必死だった。
「ごめん、ごめんね。私が悪かったから・・・」
「ひっく、ひっく。・・・ママ、私の事思い出してくれた?」
「うーん、それは・・・」
「う、うえ~ん」
「ああ、もうどうしたらいいの!?」
もちろんアルフィリースには身に覚えが無い。段々と、アルフィリースも泣きたい心境になって来ていた。その時、吟遊詩人風に竪琴を背中に担いだ男が彼女に近寄って来た。背がとても高く、男だが髪が長く腰ほどまでもある。黒の髪を後ろで一つに束ね、ゆったりとした薄地のローブに身を纏う姿はどこか女性的だった。
「(あっ、きれいな人・・・)」
このような状況においてさえ、アルフィリースはそう思ってしまった。それはほかの仲間も同じだったようで、
「ひゅう~」
「うむ、美しいな」
「人間にしては男前ね」
と、ミランダが口笛を吹くのはいつものことにしても、エアリアルやユーティまでもが同意していた。その美しい男性がアルフィリースに声をかける。
「久しぶりだね、アルフィリース」
「は? どちらさまで??」
だがアルフィリースにはやはり記憶に無い。これほどの美男子なら、一度見たら忘れようがないと思うのだが。
「なんだ。君はその子の事だけじゃなくて、私の事も忘れたのかい?」
「いや、忘れるも何も、会ったことがないわ」
「いやだなぁ、その子は私と君の子どもじゃないか」
その言葉に、やっと拾い集めた荷物を、またしても全員が落としてしまった。周囲は「痴情のもつれだ」などとてんで勝手な事を言っているが、アルフィリースに至っては完全に眩暈をおぼえており、気を失わないようにするのが精一杯だった。
「は、ははは・・・これはきっと幻ね。私はきっとサーペントに食べられて死んじゃったんだわ。うん、間違いない。全部夢なのよ。それにしては何ともタチの悪い・・・えい!」
アルフィリースが自分の頬をつねるが、当然何が変わるはずもない。その様子を見て、リサがアルフィリースの手を止める。普段なら笑っている所だろうが、リサも今回ばかりは真面目な顔だった。
「アルフィ、ちゃんと現実を認識しなさい」
「だ、だってさぁ。わけわかんないよ~。私、本当に・・・」
「わかっています。貴方は何者です? 先ほどからセンサーを効かせようとしても、貴方には全く効かない。この少女もそうですが。少なくとも、人間ではないですね?」
リサの一言に全員が警戒心を上げる。
「これは、多少悪ふざけが過ぎるのではありませんか?」
「ふむ、そんなつもりはなかったのだが。アルフィリース、私達が誰だか本当にわからない?」
「え。う~ん・・・」
アルフィリースが、やや眩暈を覚えながらも思い出そうと必死になる。だが先ほどの事がショックすぎて、上手く頭が回らない。
「えーと、えーと・・・」
「ならヒントを出そう。その子の名前は君がつけた。イルマタルというんだよ。アルフィリースはよくイルと呼んでいたね」
「イルマタル? それって・・・」
アルフィリースがはっとしたように少女を見つめる。その琥珀色の瞳が、不安げにじっとアルフィリースをみつめている。そうしてアルフィリースが何かを言いかけた瞬間、日の光を遮る者が現れた。
「見つけたぞ、アルフィリース」
「ライフレス!」
上空に浮かんでいたのはライフレス。同時に巨大な鳥から、次々と何かが降りてくる。先ほどまでてんで勝手な事を言っていた町人達も、突然の出来事にクモの子を散らすように逃げて行った。少女と吟遊詩人はその場に残り、少女が不安そうにアルフィリースのズボンを掴む。
そして目の前には魔王の群れと、黒い鎧の大男。アルフィリース達とて幾度の修羅場をくぐった猛者である。ライフレスの後ろに控える者達が、尋常な強さでないことは一目でわかった。特に黒い鎧の男。彼一人倒すだけでも、呪印の解放一つでは追いつくかどうか疑問であった。そんな猛者達を従えるライフレスが、ゆっくりと口を開く。見た目こそ子どものままだが、口調は既に何も隠していない。
「少し見ない間に、また騒がしくなったものだ。黒い服の小娘、吟遊詩人、それに子どもか。人には好かれる星の元に生まれているようだな」
「この子達は関係ないわ!」
「そうなのか? それならば見逃してやってもいいが・・・」
「ママをいじめないで!」
イルマタルという少女がライフレスとアルフィリースの間に立ちはだかる。小さな両手を一杯に広げ、アルフィリースを庇う格好だ。目にはいっぱいの涙を浮かべ、それでもアルフィリースを守ろうと懸命である。
アルフィリースは思わず胸を打たれたが、ライフレスもまた驚いていた。そして小さく苦笑すると、一気にライフレスの殺気が膨らみ、姿が成人のそれに戻っていく。
「自分から名乗ったのではやむをえまい。子どもを殺す趣味はないが、禍根を残すのは嫌いでな。貴様の関係者なら、一人たりとも生かしておかん!」
「くっ! イル、下がりなさい!」
アルフィリースがイルマタル抱きかかえるように後ろに下げる。膨れる殺気に呼応するかのように、ライフレスの背後の者達が戦闘態勢に入る。それを見てアルフィリース達も戦闘態勢に入ろうとするが、どう見ても勝ち目はなかった。敵の数もそうだが、アルフィリース達は完調とは言い難く、敵は戦力を増強している。何より、ライフレスの魔力の充実ぶりが違う。
「くそ、今度は本気みたいね!」
「最悪だね」
「ですが、今さら逃げるのは無理でしょう」
「こうなったら、一人でも多く道づれだな」
「大草原を出たばかりでこれか。だが、やむをえんな。ラーナ、お前だけでも逃げろ。こんな戦いには巻き込めん」
「逃がしてくれはしないでしょう。それに、私も一度旅の仲間をお願いしていおいて、そのような無責任な真似をしたくはありませんから」
「最後の祈りは済んだか?」
「来るわよ!」
ライフレスが一歩前に足を踏み出した瞬間、意外な物を見たかのように目を見開き、反射的に飛んで後ずさった。
続く
次回投稿は、4/17(日)18:00です。