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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その352~大陸平和会議九日目、夜②~

***


 ラインがいつものようにイェーガーの食堂で飯にありついていると、多くの仲間がラインを囲んできた。


「副長、いよいよ明日ですね!」

「勝ってくださいよ!」

「勝算はどうです?」


 ラインは適当に返事をしながら追い払っていたが、人は入れ替わり立ち代わり同じような質問を浴びせていく。このままではまともに飯も食べられないと判断したラインは、調理場の奥に引っ込んで、調理する料理人たちに紛れて晩御飯にありついた。

 料理人のラックが苦笑しながらラインに食事を差し出した。


「お困りですね、副長」

「ああ、相手をするのが別に嫌なわけじゃねぇんだけどな。人が入れ替わり立ち代わり同じような質問ばかりしていくもんだから、さすがに飽きてよ。ちょっくら避難させてくれや」

「それは大変だ。いいよね、ルナ?」

「別にいい」


 ラックの背後、食材置き場の隙間に食器をもって少しずつ口に運ぶルナティカがいた。気配を消しているというか、落ち込んでしょぼくれているせいで気配が希薄になっているようだ。どうやらエアリアルに負けたことで極度に落ち込んでいるらしいが、そんな表情と態度をラインは見たことがなかったので、物珍しい視線でルナティカを眺めていた。

 ルナティカの方もラインの視線に気付いたのか、


「そんなにじろじろ見ないで、副長。私だって落ち込みくらい、する」

「いやいや、それもそうだが・・・ふーん、なるほどねぇ」


 ラインが意味深な視線をラックに投げたが、ラックは苦笑いをするだけだった。


「試合後からこっち、ずっとこんな感じです。でも明日になれば元通りでしょう」

「今晩のお前の調理次第だろうな」

「やめてくださいよ。それより、明日の対戦相手はどうなんです? 組み合わせが出たって聞きましたけど?」


 ラックはなんとか話題を逸らした。ラインの方はその話題に対して、ため息を吐いた。


「それなぁ。そりゃあ組み合わせは見たけどなぁ」

「誰とやるんです?」

「・・・レーベンスタインだよ」


 ラインが露骨にため息を吐いたので、ラックはルナティカの方を見た。ラックは統一武術大会に明るくない。それでも知っている名前が出たので、ルナティカに確認したのだ。そして、ルナティカもまたため息をはいた。


「副長、お気の毒」

「やはり、僕でも知っている『あの』レーベンスタインですか」

「おおよ。大陸最高の騎士との呼び声高い、あのレーベンスタインだ。まさか一回戦でカチ合うとはなぁ。まぁ優勝するつもりなら、どこかで当たるんだろうが」


 ラインはディオーレと戦うことを望んでいた。どのような形であれ、戦うことで己を示せるだろうと。乗り気ではなかったこの大会で、ここまで勝ち進んだのもこのためだ。

 戦いたくない相手は最低二人。一人はティタニア、そしてもう一人がレーベンスタインである。この二人とはさすがに戦って勝てる想像がつかなかった。自らのくじ運の悪さを呪うラインだった。


「天覧試合は一試合終わるごとに抽選を行う。次の試合が誰とやるかは、終わるまでわからん。組み合わせ次第では絶望的だったが、それにしてもだなぁ」

「万に一つも勝てませんか?」

「実際には百に一つは勝てそうだがなぁ。その一つをどうやって手繰りよせたものか、考えているんだよ。うさんくせぇ仕掛けで勝っても流石に天覧試合にケチがつくだろうし、そもそも下手な仕掛けがきくような御仁じゃねぇよ、あれは。

 リリアムがほとんど何もできずに敗退した、それだけでも十分すぎるほど化け物だ。最高位騎士(マスターナイト)ってのは伊達じゃねぇってことよ」


 ――だが、その化け物相手にレイヤーは相当渡り合ったんだがな――という言葉は飲み込んでいた。ルナティカと視線が交錯する。おそらくは同じようなことを考えたのだろう。いっそレイヤーに対策を聞くのがいいかもしれない。

 恥を忍んでも、戦った相手に聞くのが正解だなとラインは考え、残りの飯をかきこんだ。そして席を立つのである。


「ごっそさん。さて、明日に備えて早く寝ますかね」

「それなら副長、これを」


 そう言ってラックが香を出した。ラインは手に取りながら、それを眺める。


「お前、そんな趣味があるのか?」

「食事を作る延長ですよ。香りつけに勉強していたのですが、食事とは無縁としても使えるものも多数あることがわかったので」

「大丈夫、効果は保障。使えば絶好調確実」

「なんか違反しているみたいでちょっと気が引けるが――」


 これも団員の好意のうちだと考え、眉唾だと思いながらも受け取った。そしてラックが続ける。


「副長、試合は何番目ですか?」

「六番目だな。一番はが陽が中天に差し掛かったら開始だ」

「では10点鐘でお越しください。ちょうどよい形で料理を仕立てておきます」

「至れり尽くせりだな。臨時収入ボーナスでも弾むか?」

「いりませんよ、イェーガーの料理人として当然の仕事です。僕だって、皆さんに勝ってほしいですから」


 天覧試合における、イェーガーの出場者は6人。新興の傭兵団としてはこれ以上ないほどの名誉であり、大会が設定したシード選手はおおよそが残らなかった。

 今までの実績があてにならないこと、そして新しい戦士たちが大陸から集まったという点では、統一武術大会は成功を収めているといえる。その代表格がイェーガーの躍進であり、ラックに限らず団員は誇りに思っているのだった。

 ラインが去ると、ラックはその食器を洗いながらルナティカに話しかける。


「ルナはどう思う? 副長は勝つと思う?」

「見たところ、正直厳しい。でも副長は不思議な人だから」

「そうだね、そういうところは団長に似ていると思うよ」

「ラックも気になるなら見に行けば?」


 ルナティカの誘いに、ラックは少し考えて首を振った。


「よしておくよ。戦いのことは見てもわからないし」

「気にならない?」

「気にはなるけど、料理人にできることは食事を振る舞うことだけだよ。戦いの結果は関係ない。彼らがおいしいと思う物を作るために、全力を出すだけさ。

 悲しいのは、戦場を生業とする彼らは度々帰ってこないということ。そのことを考えれば、必ず帰ってくる今回みたいな競技会は歓迎さ」

「料理の数を変えなくていいから?」


 ルナティカの質問にラックは笑った。


「そこまで義務的じゃないよ。相手のことも考えて作っているんだから」

「私のことも?」

「落ち込んでいる時に沁みる味にしたつもりだよ」

「うん、なんとなくわかる」


 ルナティカは猫のように食器についた汁まで舐めとっていた。もちろん普通ならやらない。ラックの料理が美味いのと、ラックの前だからやる油断である。

 そしてラックに無言で食器を差し出すのである。


「・・・おかわり」

「気に入ってくれたみたいだね。気分が落ち着いて来たら、少し味を変えようか」

「その気にさせるつもり?」


 ルナティカがずいと乗り出してきたので、ラックが少しのけ反った。


「いや、どの気?」

「言わせる? 今晩の調理次第って、副長が言った」

「ええと・・・わあっ!?」


 ルナティカが覆いかぶさるようにしたので、ラックが調理台の後ろに落っこちていた。ラインに遠慮したせいで誰もいなくなっていたのが幸いだった。



続く

次回投稿は、6/2(日)14:00です。

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