戦争と平和、その349~統一武術大会五回戦、黒衣の青年vs土岐伝蔵①~
「そう・・・貴女は迷ったまま、強くなるのね」
ウィンティアはこの戦いを眺めていた。自らが選ぶかもしれない戦士がどのような戦い方をするのか、見に来ていたのだ。
まだ明らかにエアリアルは迷っている。だがその迷う姿勢こそが、相手に的を絞らせない。狙いは散漫で規則性がないながらも、一つ一つが無視できるような精度ではなく、むしろ致命傷となる。
一見矛盾するこの戦い方が、精密機械であるルナティカを追い詰めていた。
「わけが・・・わから、ない!」
「ハアッ!」
ルナティカが防戦一方となったのを見て、一気にエアリアルの攻撃が苛烈さを増した。戦いの趨勢が一気に決着がつくかと思われたが、皮肉にもルナティカが冷静さを取り戻すきっかけにもなる。
エアリアルが決めに来る一撃を選び、迎撃の一打で逆転する。ルナティカが咄嗟に判断したことだが、これしかないと思われた。ルナティカの集中力が最大に研ぎ澄まされ、そして待ち望んだ一撃が来た。
わざとではなく、ルナティカの防御を跳ね除けてがらあきとなった心臓に向けて、エアリアルの突きが繰り出される。ルナティカは相討ちも辞さず、エアリアルの首の骨を折らんばかりの勢いで蹴りあげた。
「シッ!」
だがルナティカの蹴りは空を切った。おそらくは十中八九エアリアルの方が速いと思われた攻撃を、エアリアルが突然止めたのだ。迎撃するつもりだったルナティカの蹴りは空を切り、そしてより無防備となったルナティカの軸足を払って、エアリアルはルナティカを場外に落とした。
場外に落とされたルナティカがしばし呆然として立てぬほど、エアリアルの完勝だった。
地面で仰向けになったまま呆然とするルナティカを、エアリアルがのぞき込んだ。
「なんで・・・?」
「何がだ」
「なぜ、あそこで突きを止めた? 必殺の一撃だったし、一か八かだったのは私の方」
「どうして仲間に必殺の一撃を打たねばならん。我は情に厚くはないが、薄情でもないつもりだが? 心臓を打てば、木製の武器でも死にうる。そうだろう?」
心底不思議そうに語ったエアリアルに対し、再度きょとんとしたルナティカ。そして小さく笑うと、ぽんと跳ね起き、エアリアルの肩を叩いて控室に引き返していった。
「完敗。だけど、次は負けない」
「残念だがもう御免蒙る。再戦すればまず間違いなく負けるだろうからな」
「勝ち逃げ、ずるい」
「一戦必勝と言ってくれ」
そんな繰り言のような会話をしながら、二人は戦いを終えた。だがこの戦いにおいて、どちらにも笑顔が見られたのはアルフィリースもほっとするところだった。
***
「客がいないでござるなぁ」
土岐伝蔵は不満そうにつぶやいていた。それもそうだろう、既に時刻は深夜に近く、天覧試合の最後の一枠が決まる最後の一戦が行われるには遅すぎる時間だった。
天覧試合の組み合わせは既に発表されているらしいのだが、この会場に登る二人には知る術がない。観衆の多くはそちらに興味を取られており、そのまま外の屋台で明日以降の予想について賭けと噂が盛り上がっている頃だ。どうして自分たちのような地味な対戦に人が集まるわけがなかろうと、土岐伝蔵当人ですら納得しているほどなのだ。
土岐伝蔵はA級でも中位に位置する傭兵である。東の大陸では高名な武家の出であったが、鬼族との消耗戦を厭いこちらの大陸に密航した。東の大陸では領地や使用人を多く抱える身分であったのにそれらを惜しまなかったのは、伝蔵本人の性癖によりお縄がかかりそうになったことと、鬼族への戦に出陣が避けられない状況に来たからである。
伝蔵の立場であればそれなりに責任もあったが、躊躇うことなく伝蔵はそれらを見限った。何の見返りもない鬼族との戦いなど興味の範囲外だったし、むしろ自分の性質は人間というよりも鬼に近しいと思っていたからである。
「いやいや、こちらの大陸は楽しいでござる」
下手に家名や身分に縛られた東の大陸と違い、金と腕っぷしさえあればたいていの欲望は叶う西の大陸。伝蔵は討伐や征伐といった名目で困難な依頼を受け、そして討伐相手のせいとして守るべき物ごと弑し、欲望を満たしてきた。
ゼムスに目をつけられるのも当然の成り行きで、そして伝蔵自身もゼムスを隠れ蓑として利用していた。
そんな伝蔵だが、ゼムスを隠れ蓑としながらも彼らの仲間には珍しく名誉欲も非常に強い。今回の天覧試合も理由をつけながら、半ば自らが志願する形での参加となった。そして仲間以外にもどのくらいの強者がいるのか。腕試しにも興味があった。
「まぁ、優勝できるかどうかはさておき、準決勝くらいには残りたいでござるなぁ」
伝蔵は魔術の類がほぼ一切使えないが、にもかかわらず真鬼すら狩るほどの戦闘能力を有していた。魔術禁止のこの大会で、どれほど自分と渡り合える実力を持つ戦士がいるのか、知りたいのである。
見た限り、天覧試合に残った面々の実力は充分。誰と戦っても楽しめるだろう。明日からの戦いを前に興奮が止まらぬのも無理からぬと感じていた。
「(――と、その前に目の前の青年でござるが)」
伝蔵に油断はない。念のため相手の黒衣を纏った青年の試合も確認していたが、どうしてここまで勝ち上がったのかが不思議なほどだった。戦い方は不細工、剣技はちぐはぐ。泥仕合の末、ここまで幸運で勝ち上がったとしか思えない戦いぶり。ここまでに敗退してきた戦士の中にはもっと優れた者も多くいた。
伝蔵の食指は全く動かなかった。現にこうやって対峙しても、何の興奮も起きない。強いものと戦う時の興奮が、全く湧いてこないのである。
「(すぐに終わらせるとしようか)」
伝蔵がふむ、と一つ息を吐いて背を向けて距離を取った。その背後から、黒衣の青年が声をかけた。
「技はそれなりにあるようだが――」
「ぬ?」
「心は均衡を欠き、体は甚だ不健康。饐えた臭いがするぞ、素浪人。昨晩何をしたか当ててやろうか?」
「何を生意気な」
そうして振り返った伝蔵は我が目を疑った。
続く
次回投稿は5/27(月)14:00です。