それぞれの選択、その3~迷子~
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アルフィリース達が転移をした後、周囲を全員で確認すると、エアリアルがいち早く町を発見した。
「小さいが、町があるな」
「確かフェアはフェブランとかいう町だとか言ってたな。あそこで少し買い出しをしたら、今日中に北街道に合流しちゃおう。主要な街道まで行けばライフレスといえど、おいそれとは仕掛けては来れないだろう」
「そうだといいけど・・・」
アルフィリースが不安げな顔をする。果たしてライフレスはそれほど生易しい相手だろうか。その不安が消えない。
「(自分の実験のために何十万もの人間を吹き飛ばすような奴が、そんなことを気にするかしら? でも、どのみち北街道を行くのがアルネリアまでは一番早いみたいだし、止むをえないのかしら。上手く逃げ切れればいいけど)」
「とりあえず、周囲にライフレスの気配はありません。少なくとも半径1km以内には」
「1km? リサ、そんなにわかるようになったの??」
「はい、自分でも驚きですが、かなりリサの能力はアップしたようですね。直線に絞れば、ここから町の様子までわかりますから」
「すごいな・・・」
エアリアルが感心している。町まではまだ結構な距離がありそうなのだが、ファランクスとの特訓はリサの全体的な性能を大幅に引き上げていた。
「久しぶりに大草原を出たこともあって、センサー能力も絶好調ですね」
「そういえば、エアリアルは大草原の外は初めてじゃない?」
「そうだな、これが大草原の外か」
エアリアルが感慨深げに周囲を見渡す。だがここは沼地から大して離れてもいないため、まだ草原と大差ない。その空気を胸いっぱいに吸い込み、エアリアルが目を潤ませる。
「まだ草原みたいなものでしょう?」
「いや、大草原とはもう随分違うよ。風の精霊も少ないし、風の匂いも味もな」
「そんなに違う?」
「ああ、まったく別物だよ。我は選んだのだな・・・」
ふとエアリアルがアルフィリースを見る。その目は涙に潤んで少し艶やかであったため、アルフィリースはなぜか照れて少し目をそらしてしまった。リサがそれに気付き、すかさず茶々を入れる。
「なんですか、その付き合い始めの恋人の様な反応は」
「う、うるさいわねぇ。ほっときなさいよ!」
「まあ、あるでは意味そうかもしれぬ」
「ちょっと、エアリー?」
「ははは」
エアリアルが軽妙に笑う。その笑顔は晴れやかで、迷いや後悔は既に感じられなかった。
「でも、アルフィリースのことを姉さんと呼ぶのも変だしな」
「今までどおりでいいわよ」
「盛り上がるのはいいが、そろそろ行こう」
ニアが全員を促す。それに付いて全員が歩きだす。ふと、アルフィリースがニアの事を気にかける。彼女は一言もカザスの事を話さない。心底心配しているはずなのだが。
「ニア、カザスのことは・・・」
「今は言わなくていい。きっと生きてるさ。あいつがあんなところでくたばるものか」
「でも、心配でしょう?」
「それはもちろんだが、アルフィは知らないだろう? カザスは私の前で色々夢を語ってくれた。自分はこの世のあらゆる謎に挑戦してみたいとな。それこそほっとけば一晩中でも語りそうだった。あんな情熱に燃えた人間は、そう簡単には死なん。だから、フェンナもきっと生きてるさ」
「そっか。ならもう話さないわ」
アルフィリースが、ニアとカザスは既に強い信頼関係で結ばれていることを羨ましく思った時、ミランダもまた話に加わって来る。
「まあ何かあれば桔梗から連絡が来るさ。そのように手配しておいたし、万一があればアルネリア教会に頼るように言っておいた。だからあの2人は大丈夫さ」
「ミランダ、恩に着るよ」
「いいってことさ。それより、ラーナのことも聞きたいな」
ミランダが最後尾を歩くラーナを振り向く。彼女はしずしずと歩き、とても大人しく後ろから付いてきている。そのラーナが、小さな顔を上げる。
「私の事、でしょうか」
「そう、ラーナの事。これから一緒に旅するんだから、色んな事を話しておきたいなと思って」
「例えば」
「なんでフェアの元にいたのか、とか?」
ミランダのその質問にややラーナが俯いたので、ミランダはまずいことを聞いたかなと思ってしまう。
「あ、いや。話したくないことは、話さなくていいからな。無理に聞いているわけじゃないんだ。」
「あ、すみません。私、考えるときに俯くのが癖でして。実は私の母親はバンシーなのです」
「バンシー?」
あまり聞き慣れない言葉に首を傾げる者が多い。ミランダとユーティだけは心当たりがあるようだった。
「バンシーっていうと、確か闇の精霊の眷族だね?」
「はい、そうです。母親はそのバンシーです」
「でもバンシーって、普通は人前に出ないでしょ? 森の中とかで、人知れず小さな集団で暮らすって聞いたことあるけど」
ユーティの言葉に頷くラーナ。
「普通はそうです。でも母のバンシーの一族は少し変わっていまして、淫魔の血も少し入っているのです」
「淫魔?」
「男を誘惑して、襲っちゃうっていうアレ?」
「お恥ずかしい話ですが・・・」
ラーナが頬を染める。その仕草に一同が妙にどきっとする。なるほど、納得ができる。まだ少女の様な顔と体型で、黒いローブに身を包んだ格好だというのに、妙に色っぽいと全員が思っていたのだ。ラーナが妙齢になれば、きっと引く手数多となるだろう。フェアトゥーセが顔を隠したのも、納得の所業だ。
「母の一族は、男女ともに異性を誘惑して一人前と認められます。それが成人の儀式だそうです。ですが、母はバンシーとしてはできそこないだったと自分で言っていました。どうしても男を誘惑する度胸がなくて、道端でさめざめと泣いているところを、父親に慰められて好きになってしまったのだとか」
「まあ・・・結果良しだよね・・・」
ミランダが、なんとももやもやした口調で感想を言う。くだりだけなら吟遊詩人が好きそうな話だ。
「ですが、母は本当に父のことを愛してしまったので、ほどなくして私を身ごもりました。それが一族にばれて母は追放。父もまた魔物を妻にしたと、人間の町から追われました。そして私が生まれましたが、やはりなんといっても母は淫魔の血が入ったバンシー。何もしなくても母に夢中になる男は絶えず、また正体がばれたりたりすると一つの町に長くは留まれず、逃亡生活の様な状態に両親ともに疲れていたのです。また私をこのような生活に置きたくないと両親は願い、フェアトゥーセ様の元に相談に来ました」
「それでフェアが預かったんだね。じゃあ両親は」
「健在のはずです。今もどこかで旅を続けているでしょう。何度かは便りが来ましたから」
「そっか・・・なら」
「ええ、旅をしていれば父と母の噂を聞くこともあるかと。それも実は楽しみなのです」
にこりとラーナが笑う。道端に咲く、小さな白いルッカの花の様な笑顔は周囲を明るくした。
「ご両親に会えるといいね」
「はい」
その思いは全員が同じだった。
***
そうこうするうちにフェブランに到着する一行。フェブランは街道からも外れているし、かなり小さい町だ。人口は5000もいないだろう。それでもエアリアルには全てが珍しいのか、きょろきょろと周りを見ている。興味津々でしょうがないといった様子だ。
「アルフィ、あれはなんだ?」
「あれはブータの実を潰して団子にしたものね。油で揚げて食べるのよ。露店の代表格ね」
「じゃああれは?」
「あれは本を売っているのよ。多分地図とか、都市の情報誌とか、日用の本もあるかしらね」
「あのきらきらしたのは?」
「あれは宝石売りよ」
「あれは、あれは!?」
「・・・あれは多分、ただのハゲたおじさんよ」
好奇心の尽きない子どもの様なエアリアルに、段々アルフィリースが疲れてきたのか返事が適当になっていった。だが完全にエアリアルは興味が初めて見る世界にとられ、アルフィリースの様子は目に入っていないようだった。そんな2人を尻目に、ミランダ、リサ、楓などが分担して必需品を揃えていく。
「ミランダ、食料はどうしますか?」
「晩御飯は北街道の町に付いてから取りたいね。リサ、北街道まではどのくらいだろう?」
「町の人に聞いた話だと、歩いて7日くらいだとか。北街道では、ラムリッサという町が一番近いそうです」
「なら大草原の馬に乗れば一日いらないね。昼ご飯と、水と、予備の保存食だけ補充しよう」
「了解です」
「それではミランダ様、夜具などは必要ありませんか?」
「いらないでしょ。楓は馬の飼葉を用立てて。あと水も」
「わかりました」
「馬の爪の手入れもそろそろしてやらないとな」
「あ、そっか。まったく、意外とやることあるね」
「でもまだ日も高いしな。ここに泊るのは馬鹿馬鹿しい」
「そだね。それに早く沼地からは離れたい気がする。なんだか文明が恋しいよ」
「それは私もだ」
ミランダのうんざりした様子に、ニアがくすりと笑う。こうして旅の準備は進められていくのだった。一方で、アルフィリースは完全にエアリアルとラーナのお守だった。エアリアルは質問責めにして、アルフィリースをいまだに困らせていた。
「アルフィ、あれは? あれは?」
「エアリー、ちょっと休まない・・・?」
「アルフィリースさん」
ラーナがくいくいと袖を引く。
「何、ラーナまで?」
「いえ、そうではなくてですね」
通りの中央に、小さな女の子が周囲をきょろきょろしながら歩いていた。見た所、まだ4歳になるかならないかだ。服こそ粗末だが、綺麗なピンクの髪をした、独特の毛並みをした女の子だ。髪の毛が渦を巻いて、鳥の巣のようになっている。相当なくせ毛だ。どうも近くに親はいないらしい。
「迷子かな?」
「さあ、どうでしょうか。でも危ないですよね?」
「そうね。ちょっと様子を見てきましょうか」
アルフィリースがその子の傍に寄ろうとした瞬間、他の仲間が戻って来る。
「あれ、アルフィどしたの?」
「いや、あの子供が・・・」
アルフィリースが指を指すと、子どももまた気がついたのか、アルフィリースの方を向く。すると、顔を輝かせながら一直線に走ってくるではないか。そしてその口から発せられた言葉は・・・
「ママ―!!」
「え″っ・・・」
その瞬間アルフィリースは音を立てて固まってしまい、他の全員が荷物をガラガラと地面に落とす。その一方で、固まったアルフィリースの体にしがみつくように、ピンクの髪の女の子がすり寄っているのだった。
続く
次回投稿は、4/16(土)18:00です。