戦争と平和、その339~統一武術大会五回戦、閑話⑨~
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「・・・で、バスケスは死んだの?」
「は、こちらに」
突然控室で倒れたバスケスは死亡が確認され、救護室の一室にその亡骸が横たえられていた。そこにミランダとアルベルトが訪れる。
片方の控室は一時騒然となったが、動揺は思ったほど広がっていなかった。これもバスケスの悪徳のせいか、誰もその死を惜しんでいなかったせいかもしれない。情報統制の必要もなく、競技者の中で噂になるくらいでその衝撃は収まっていた。事実、刃を落とした競技会ですら、歴史上で死者が出ていないわけではなかったからだ。今回はアルネリアが主催だから死亡者が出ていないが、本来ならここまでの過程で確実に数人は死者が出ている。
だからティタニアの責任もこれでは追及のしようがなかった。競技会最中の死亡ではなく、勝利宣言がされた後の事故と判断されたからだ。疑わしきは罰せず。ティタニアが何をしたかその場で断じることができない以上ティタニアの参加取り消しはなく、天覧試合にも出場は可能と判断された。
一体何が起きたのか。ミランダは事実を明らかにするためにここに来たのである。
「検分するわ。ワタシとアルベルト以外は外に出て頂戴」
「しかし・・・」
「腑分けするところ、見たい? 死んだばかりだから血が飛び散るかもしれないけど」
ミランダが軽く脅すと、慌てて救護員も騎士も出て行った。ミランダはバスケスにかぶせられていた布を取ると、そこには確かに動かぬバスケスが眠っていた。
「見たところ外傷はなし、か。アルベルト、あなたはティタニアが何をしたか見えた?」
「いえ、何も見えませんでした。剣筋はおろか、殺気さえも」
「私も観察し損ねたわ。一体何をしたのか・・・あれだけ衆目の中で堂々と殺しておきながら、証拠はおろか何をしたのかすらわからないのは屈辱ね」
ミランダはバスケスの体を触っていたが、すぐにある異変に気付いた。
「体の正中が・・・ずれてる?」
「それはどういうことです?」
「外傷なく、中身だけ一刀両断されているわ。そんな馬鹿な。いえ、それよりこれなら――まだ生き返らせることができるかもね」
ミランダが魔術の収束を始めていた。弱いながらもまだ生命兆候がある。おそらくバスケスは鋭利な何かで唐竹割にされている。だがあまりに鋭かったゆえに、両断されてから中身がくっつきかけているのだ。そのため弱いながらもまだ心臓が動いている。最初に見た兵士や救護員が死亡を誤認してもおかしくはない。
「アルベルト、外に出ていなさい」
「は、しかし」
「心配しなくても、蘇生させてもすぐには動けるような状態じゃないわ。それより、この魔術は秘中の秘。ミリアザール様でも知らない禁呪なのよ。あなたにも見せたくないわ。
こんなものがあることが世に知れたら、どんなことになるか想像つくわよね?」
死人を甦らせるアルネリアの治療術とは一般に例えられるが、現実的なところは軽度の外傷や病に対する処方を適切に出来る程度でしかない。低級の回復魔術は、一般的な薬などで代用可能な程度でしかない。ミリアザールなどの高位の術者はそれこそ奇跡に見えるほどの回復魔術を行使することはできるが、施される対象や日数は限定されている。そうでなければ民衆の要求は際限がなくなるからだ。
だからミランダは公にするわけにはいかない。自分が『蘇生魔術』に近しい魔術を実行できるなどとは。アルベルトの人格を信用していないわけではないが、アルベルトは原則騎士。記憶を盗まれるなどの心配がないわけではない。
アルベルトは一礼するとその場を無言で退いた。そしてアルベルトが扉の外で番についたのを確認すると、ミランダは魔術を起動させた。
「まぁ蘇生といっても、複数の魔術の行使とタイミングが肝ですけどね。さて、やってみますか。上手く行ったら御喝采と言いたいけど、誰も奇跡の観察者がいないんじゃあねぇ」
ミランダは苦笑して、行為に取り掛かったのである。
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「う・・・うぁ」
「目が覚めたかしら?」
バスケスが目を覚ますと、そこは白い天井の部屋だった。ここは深緑宮のミランダの執務室なのだが、ここまでバスケスを連れ込むのも大変だった。
時刻は既に夜。ここで目を覚まさなければ蘇生の可能性はなかったが、どうやら成功したようだ。頑丈だというのは本当に天分だと、ミランダは実感する。
「名前はわかる?」
「う・・・バス、ケス」
「ここはどこ?」
「知らねぇ・・・ここは、どこだ」
「直前に何をしていたかは?」
「戦って負けて・・・でも無事だったはず・・・これはなんだ? 何が起きた?」
徐々に覚醒してきたのか、バスケスは上半身を起こそうとして糸が切れたように倒れ込んだ。まだ起き上がるのは不可能らしい。
ミランダが呼び鈴を鳴らすと、執務室に桔梗が入ってきた。
「お呼びですか?」
「呆れたタフさ加減だわ、もう目を覚ました。このままここに置いておくわけにもいかないから、そちらで引き取ってもらえない? 周辺騎士団にもまさか今回の競技会の救護室にも頼めないし」
「それは構いませんが、我々とてこの厄介者をいつまでも抱え込むことは不可能でしょう。どれほどの期間ならいいのです?」
「心配しなくても『楔』を打ち込んだからもう暴れることはないと思うけど、大会が終われば別の連中に預けるわ。心当たりがあるの」
にっこりと微笑んだミランダに桔梗はうすら寒さを感じながらも、一礼して音もなく消えた。そして自分の配下数名と戻ると、人気がないことを確認して移送を始めようとする。
その際に、バスケスがミランダに問いかけた。
続く
次回投稿は5/8(水)16:00予定です。投稿が諸事情により滞ったので、しばし連日投稿予定です。




