戦争と平和、その338~統一武術大会五回戦、バスケスvsティタニア⑤~
そしてしばしの気絶の後、よろめきながら立ち上がったバスケスは、憎悪と憎しみに燃えた目で段上のティタニアを睨み据えた。
「どうして殺さなかったよ? まさか加減したのか?」
「いえ、もちうる技術の中で殺さずに倒せるものを選択しただけです。ですがあなたの本性はともかく、強さは本物。選択肢はかなり狭められることとなりました。
さきほどの技を一度受けたからできた芸当です。もしさっきの技が一撃必殺の技術であれば、地に伏していたのは私だったでしょう」
「選択ときたか。はっ、どうやら速いとか強いってだけじゃあだめなみたいだな。俺の自信はずたずただ、喜ばしいことにな。決めた、お前に決めたぜ」
「?」
意味不明な言動をするバスケスの方を、少し首を傾げて見るティタニア。そのティタニアに向けて、バスケスが不気味な笑みを浮かべた。
「俺は『何でもあり』、な方が得意でなぁ。正面切っての戦いってのはあまり得意じゃねぇんだよ。
それに俺は勝つのが好きだ。わかるか? 強くなることが好きなんじゃねぇ、『勝つ』のが好きなんだ。勝つためならどんなことでもやる。お前にはこれからゆっくり眠れる夜は来ねぇ。その傷じゃあ、ゆっくりとだが弱っていくだろうな。そうしたらその傷口に俺のナニを突っ込んで悲鳴を上げさせてやるよ。楽しみに待ってな」
「・・・なるほど、アルネリアの尖兵と成り果てましたか。勝利のためなら誇りも差し出せるほど貪欲。そればかりは私と近しい物があると思っていたのに――決定的にあなたと私には違うところがありますね。それが何かわかりますか?」
「なんだ?」
ティタニアは一つ間を置いて告げた。
「私は人としての品性までは捨てていません。二度とあなたの顔は見たくありませんね」
「はっ、言いやがるぜ! だが拝むことになるさ、嫌でもなぁ!」
バスケスは先ほど心臓が止まっていたのが嘘のように、しっかりとした足取りで帰っていった。もう少しふらついてもよさそうなものだが、ティタニアもバスケスの頑丈さだけは認めないわけにはいかなかった。だが、だからこそ『よい』と思った。
そしてバスケスとティタニアの決着を見て、五賢者のゴーラが唸り、シャイアは胸を撫で下ろしながら先ほどの戦いの解説をゴーラに求めていた。
「ゴーラ様、今のは何が?」
「・・・シャイアよ、どこまで見えた?」
「バスケスの突きだす拳をティタニア殿が右腕で弾き、そのまま滑るように右肘で胸を打つと、巻き込む形で放たれた木剣での一撃でバスケスを一撃で外に押し出しました。右手を振り下ろす動作の分だけ、バスケスの攻撃よりティタニア殿の方が早かった。
ですが不可解な点が二つほど。バスケスの初手は強打のはず。それをあれほどあっさりいなし、さらには胸への一撃でバスケスの動きが一時完全に止まりました。巻き込む形の一撃は威力はあるでしょうが、超接近戦で放つには隙の大きい一撃。決まったということは、バスケスは胸への一撃で気絶していたと考えますが、理由がわかりません」
「そうであろうな。ワシもあれほどの組手の技術を再現はできぬ。偶然見たことはあるがな」
ティタニアが使用した技は、ゴーラにとっても驚愕の技術だったのだ。まさか剣帝の組手技術があそこまでとは思っていなかった。
バスケスの初手には捻りが加えられていた。それは防御ごと潰すための一撃である。ティタニアはそれも見越して、バスケスの捻りに添わせるように同方向の回転の一撃を放った。そして思いのほか勢いのついたバスケスの攻撃の方向が外に逸れ、体勢を崩したのだ。
そして開いた胸に向かって放つ一撃で、心臓を一瞬止めた。バスケスの筋力を考えると、体勢を崩したのが内側であれば同じことはできなかったであろう。ティタニアは一撃受けただけでバスケスの技術の分析し、最適な解を出した。おそらくはこれが不発だったとしても、他にも手段は用意してあっただろう。
恐ろしい技術である。五千年の修業を積んだゴーラでさえ、唸らざるを得なかった。
「(あれは修練の類じゃな。だがティタニアが対人組手の修業を積んだとはとうてい思えん。そもそも相手がいないだろうからな。ならば想像だけの稽古であの領域に達したのか? 一体どうすればそんなことができるのか。ワシも一手組み合ってみたいものよ)」
「ゴーラ様、不安なことが一つあります」
ゴーラの解説を聞いたシャイアは感心しつつも、懸念事項を伝えた。これからティタニアがバスケスにつけ狙われるということだ。その執念に、かつてシャイアの師も屈した。
だがシャイアの申し出を受けるまでもなく、ゴーラには一つの決意があった。
「案ずるな、シャイアよ。ワシも一つの覚悟がある。五賢者である以上殺生はできんが、バスケスを二度と戦えなくすることもできよう。ワシが人の世に残した技術を悪用されることに対して、責任の一端もあるだろうからのぅ」
「では」
「うむ。バスケスが会場を出たところで仕掛けるとしよう。さすがに会場の中は警備が厳しい・・・?」
ゴーラが仕掛ける場所の想定をしていると、ティタニアに背を向けて歩くバスケスに向けて、ティタニアが構えを取っていた。その構えを見た瞬間、背筋が凍り付いたのはゴーラだけでなく、会場で一定の実力を備えた者全てだった。
「バスケス!」
「あん?」
ティタニアが強い口調でバスケスを呼び止めた。そしてバスケスが振り返った瞬間、ティタニアが何らかの型を舞った。その口が静かにこう告げたのを、バスケスだけが聞いていた。
「――無明真斬」
そしてくるりと振り返ると、二度とバスケスの方を見ることなくティタニアは去っていった。バスケスは首を傾げてその行為を見たが、バスケスが何事かを聞く前にティタニアがその場を後にしたのである。
「シャイア。あなたは複雑な感情を持つかもしれないが、この男はこれ以上放置できない。許してください」
「なんだぁ、あいつ」
バスケスは不思議な表情をして再度控室に戻るべく、歩を進めた。その胸中にはティタニアへの恨みと、それ以上にこれからどうやって追い込んでやろうかという愉悦でいっぱいだった。
そしてバスケスがこれからの作戦を心中で決め、控室への段差を降りかけたところで、バスケスはそのまま崩れ落ちた。
「おい、どうした?」
係りの兵士がバスケスに声をかけたが、バスケスには反応がない。そして兵士が脈をとると、既にバスケスは事切れていた。
続く
次回投稿は、5/5(日)16:00です。




