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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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それぞれの選択、その2~沼地に咲く愛~

***


 アルフィリース達を送り出した後、フェアトゥーセとサーペントは再び沼地へと戻った。そして、どちらが言うわけでもなく、サーペントがアルフィリースを安置した場所まで、素早く進む。アルフィリースに気を使った移動では1日かかった距離だが、今度はフェアトゥーセが一緒である。フェアトゥーセは防御魔術を使うと竜の姿に戻ったサーペントの口の中に入り、サーペントは高速で海を泳ぐ時の移動の仕方で、あっという間に元の場所まで戻ってしまった。


「ふう、揺れる揺れる」

「酔ってないか?」

「大丈夫さね、気を使ってくれているだろう?」

「もちろんだ」


 フェアトゥーセが老人とは思えないほどの軽快な動きで、サーペントの口から飛び降りた。その時眼下に見えたのは、アルフィリースの呪いが汚染した漆黒の泉。


「これは・・・」

「これだけの物を、かの娘は内包していた。まったく、信じられんことだよ」

「だが事実さ。あの娘は色んな意味で謎が多い。果たして何者だろうねぇ」

「魔女の長たるフェアにわからないのでは、誰にもわからないのではないか?」

「真竜であるサーペントでも分からないのだろう?」

「俺は真竜と呼ばれるには、あまりに勝手気ままにやりすぎている。グウェンや、マイアのような立派な真竜じゃないさ」


 サーペントが少し恥ずかしそうに述べる。それを見上げるフェアトゥーセ。


「グウェンドルフだってさほど立派とは言い難いがね。それより、人型に変化しておくれよ。見上げるのは首が痛くてかなわんさ」

「おお、それはすまんな」


 サーペントがいち早く人の姿に幻身する。体表を上手に変化させることで、衣服のように見せることも可能だ。変化としてはかなり高等な魔術だが、サーペントほどの真竜にもなれば造作もない。


「ああ、これで首が痛くない」

「俺だけ変化するのもなんだ。お前も元の姿に戻ったらどうだ? 久しぶりだろう」

「ああ、そうだね。ラーナを預かってからだから、10年ぶりかい? まあ沼人の目をくらますために、だいたいこの恰好だけどさ。アルフィリースはどうやら見破っていたようだがね」

「フェアの変化を見破るとは、ますます不思議な娘だ。それにしても、俺達にしたら10年など一瞬だったな」

「だけど色々あった気がするよ。なにせ人間を育てたのは初めてだから。最初はなんでこんな面倒くさい事をと思ったが、ラーナがいなくなってみると寂しいものさ。意外にああいうのも悪くない。じゃあ戻るとするか」


 ラーナがおもむろにローブを脱いで裸になると、ローブから出した何かの粉を自分に振りかけ、サーペントの泉の水に入っていく。すると、老人だった体が見る間に若返っていくではないか。曲がっていた腰はしゃんとし、肌はみずみずしさを取り戻し、髪や唇は艶やかさに震える。そこには白い髪、白い肌にグレーの瞳をした、美しい娘が立っていた。


「やはりフェアは美しい」

「ありがとうよ。まあサーペントはあたしに惚れて、大海原を捨ててこんな辺鄙なところまで付いて来たんだもんねぇ」


 フェアトゥーセのグレーの瞳が、悪戯っぽく輝く。サーペントは困ったような顔をするが、特に否定もしなかった。


「真竜を惑わすとは、まさに魔女だよ、そなたは」

「アンタが勝手に惑ったのさ。あたしは何もしちゃあいない」

「それもそうだ」

「それよりルージュは? 気配がないけど」

「天に還ったよ」

「ほ。そりゃまたどうして」


 サーペントはいきさつを説明した。


「なるほど、アルフィリースがね・・・それはまた、ますますわからん」

「俺にも理解不能だ。だからグウェンにでも聞いてみようかと思ってな」

「そうだねぇ、それがいいかも。ところで話ってのは?」

「フェアも話があるのではないか?」

「いいよ、そっちが先さ」

「うむ」


 サーペントは促されたが、口ごもっている。何度か話そうとはするのだが、その度に取りやめているようだった。だが、フェアトゥーセは辛抱強くサーペントの言葉を待っていた。


「ああ、色々言葉は考えたのだがな。いざとなると出てこないものだ、まったく。フェアトゥーセ、率直に言おう。俺はそなたを愛している」

「うん、知ってる」


 サーペントが意を決して放つ言葉に、あっさり首肯するフェアトゥーセ。だが、その目には感動も侮蔑もない。サーペントもその反応に、多少面喰ったようだ。


「そりゃこんなところまであたしを追っ掛けてついてくればねぇ。これであたしを愛してなかったら、ただの変質者だろ? あたしが聞きたいのは、その先の言葉さ」

「う、うむ。それで・・・そのぅ、なんだ。俺は真竜で寿命も長い。対するお前は魔女とはいえ、人間だ。契約が切れるまで時間があるとはいえ、随分と寿命が違うだろう・・・だが、それでも俺はお前と共に暮らしたい」

「今でも暮らしてるようなものだろ?」

「そうではなく・・・あれだ。つがい、いや人間だと夫婦と呼ぶのだな。そのぅ、その夫婦として、正式に契りを交わしたい」


 言って終わってから、サーペントは顔を赤らめた。余程の一大決心だったのだろう。そしてその言葉を聞き終わると、フェアトゥーセはゆっくりとサーペントの元に歩いてくる。海を思わせる蒼の瞳と、グレーの瞳が交錯する。


「そ、その。もし、お前が嫌でなければだが・・・」

「あたしの返事はこれさ」


 フェアトゥーセはサーペントの顔を掴むと、そのまま唇を重ねた。思わぬ行動にサーペントが目を見開くが、そのままサーペントの腕の中にフェアトゥーセがしなだれかかる。


「やっと言ってくれたね、その言葉を200年待ったよ。まったく、真竜は全ての叡智を司るとか言いながら、女心一つわかりゃしないんだから」

「な。そ、それでは・・・」

「こちとら、ずっと惚れてるのさ。初めてアンタを見た時からね」


 フェアトゥーセが熱っぽくサーペントを見上げる。


「でなきゃ、こんなに長く一緒にいるものか。弟子もとらず、魔女の長に任命されながらその役目もほっぽらかし。随分と魔女仲間には非難されているよ」

「なんと。それでは最初から・・・」

「互いに惚れてたんだろうね。でも本当に惚れたのは、あたしが沼地に行ったときに、アンタが追っ掛けてきてくれた時かな。アレは嬉しかった・・・あたしのために海を捨ててまで来てくれたんだから。なのにアンタったら、何も言わないから。ルージュも心配して、昇天できないってもんだよ」

「・・・済まなかった」


 サーペントがフェアトゥーセを抱きしめる。フェアトゥーセはその暖かさに身を委ねる。


「本当だよ。最初に大海原でアンタを見た時、自由に泳ぎ回るアンタを見て、なんて羨ましいって思ったのさ。あたしは魔女であることに囚われていたからね。最初は真竜という存在に憧れもあったし、光栄なことに傍にいて沢山話すこともできたけど、徐々に一緒にいるのがつらくなった。自分はどうしてこんなにも自由がないのかと。それに、完全に身分違いの恋だったから。でもアンタがあたしの所に来てくれて・・・もうこれ以上望むべくはないよ。あたしの人生は出来過ぎさ、今初めてそう思えるようになった。身勝手と仲間には言われるかもしれないが、魔女であることにも感謝できるようになった」

「だが俺もだ・・・真竜として生まれ、この大地を見守ることこそ我らが使命と教えられながら、俺はいつも心が落ち着かなかった。俺は大海原を自由に泳いでいたのではない、もがいていただけなのだ。沼地に来て、ようやくそれがわかった。俺の魂の自由は、そなたと一緒にいてこそなのだと」


 2人が見つめ合う。そして長い口付けを交わすと、ゆっくりと2人は離れた。


「でも、あたしは今はアンタと暮らせない」

「・・・アルフィリースのことか」

「それもある。だが、外の世界がこんなに急激に動いているとは知らなかった。ファランクスが討たれ、シーカー達は森を焼かれ、ウィンティアが精霊の里を追われたようだ。世界は流転するものといえど、こんなことはあってはならない。あたしが世界の秩序を守る魔女である以上、この事態を見過ごすことはできない」

「それは俺も同感だ。世界を乱そうとしている者がいるようだな」

「さて、それはどうだろう?」

「どういうことだ?」


 だがその問いに、フェアトゥーセは答えなかった。


「ともかく、あたしは各地の魔女の元を回って見極める必要がある。奴らなら何かしらもう情報を持っているだろうからね。魔女ももはや無関係ではいられないだろうし、元々魔女ってのは人間を正しく導くのが役目なんだから。その後、魔術協会に行って来る。奴らにはあたし達の立場を明確にしておかないといけないし」

「そうか」

「久々に『魔女の団欒』でもやるかね」


 魔女の団欒――それは大陸中の魔女が一同に会す集まり。魔女とは、精霊と直接契約を代わす女性の魔術士を指し、我欲ではなく、自然の秩序を守るためにのみ行動する。ちなみに男性の場合は導師と呼ばれる。

 大昔の魔女は精霊と契約を交わした都合上、人里を離れ自然の中で暮らすことが多く、世界の秩序を守るためにはそれが最善だと思われていた。だが魔物の多い時代の事、そのように人里を避ける彼女達は、民衆たちに魔物に与していると見なされ迫害対象とされた。また、おりしも時代は魔術士が迫害対象にある時期と重なり、魔女狩りなるものが行われるような地域すら存在した。

 その後、魔術士達が徐々にその社会的地位を回復するにつれ、魔女達も考え方を改めるようになる。人間もまた自然の一部であり、共に守り導くべき対象なのだと。それを怠ったからこそ、あのような迫害となったのだと。この意見には魔女の中にも賛否両論があったが、多くの魔女はこの意見に同意し、自然の中に居を構えながらも積極的に人里に下り、人に様々な自然の知識を教え導くようになる。人の生活圏が広がるにつれ人口当たりの魔女の数は少なくなっていったが、現在の世界においても魔女と密接な関わりをもつ地域はある。

 そんな魔女が一同に会するのが、魔女の団欒。彼女達はそこで各地の状況を伝え、自然の状態や、それぞれの近況を伝える。これは各々の迫害を未然に防ぐ意味もある。魔女の長は各属性の魔女が持ち回りでやることになっているが、フェアトゥーセは魔女になりたてのころにたまたま順番が回ってきたため、自分の仕事に追われてそれどころではなかった。さらに沼地に引き込もっていたので、この200年は魔女の団欒は開催されていない。おそらくは各地の状況を、魔女達はお互いに知らないままだろう。そして代替わりもかなり起こっているはずだ。世界がこんな状況にあるのも、自分のせいかもしれないと、フェアトゥーセは少し気に病んでいた。

 そしてフェアトゥーセがローブを翻す。既に出立の準備はできているようだ。


「全てが片付くまで・・・待っててくれるかい?」

「ああ、俺はそなたを200年も待たせたのだ。それに、俺はここを浄化しなければならん。やっと真竜として、俺がなすべきことが見つかった気がするよ。俺は沼地に来てよかったと思っている。だから、俺が待っている事など気にするな」

「出来る限り早く帰って来るさ。そしたら、今度は、本当の自分の娘を育ててみたい」


 フェアトゥーセが少し照れくさそうにしている。この言葉を発するのには、彼女でも相当の勇気がいったのだろう。だがそんなフェアトゥーセを愛しくサーペントは抱きしめ、別れを惜しむように放した。


「待っているぞ」

「ええ、あたしも」


 そうして、フェアトゥーセは各地の魔女の元へと旅立っていったのだった。



続く


次回投稿は4/15(金)15:00です。

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