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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
18/2685

ルキアの森の魔王戦、その3~呪印解放~


***


「くっ、ふっ!」


 魔王の突き出す手をかいくぐりながら、必死に間合を取るアルフィリース。彼女はリサとは別々の方向に逃げながら矢を射かけている。リサは身軽とはいえやはり盲目なので、あまり切羽詰まった状況で逃がすのは危ないとアルフィリースが判断した上での行動だ。

 そのためリサには目的地まで一直線に走るように指示しておいて、アルフィリースはジグザグに走りながら魔王の注意を引いていた。そしてアルフィリースが危機に陥りそうになるたびに、リサが気配を飛ばして注意を引くと言った作戦だ。

 魔王には目が沢山あるゆえか、リサが気配を飛ばす度に反応して目を向けるため、アルフィリースへの注意が一瞬それる。それを利用して距離を保ち続けていた。即席にしては良い連携である。これもリサの能力が優れるゆえだった。


「(よし、このまま…)」


 やや開けた、目的の場所が見えてきている。残り50mもないくらいか。リサは既にその手前まで到達している。と、その時魔王の目が一斉にリサの方に向き直った。


「な、なんで?」


 魔王もこのままではらちがあかないと考えたのか。先にリサをなんとかするために、アルフィリースを無視してリサの方に全力で駆けだした。


「リサ、逃げて!」


 魔王が跳ぶようにして前方に突進してゆく。そして空中でリサに向かって酸を吐き出した。

 リサの方もその動きを察知したのか、既に広場に向かって走り出しており、前に飛びこむようにして転げまわって逃げた。酸はぎりぎり回避したが、足を取られて立ち上がるに時間がかかる。その間わずか数秒だったのだが、リサが立ちあがったときにはほんの10mもないくらいの位置にまで魔王に追いつかれていた。


「目的地まで残り10mもないのに・・・リサッ!」


 アルフィリースは矢を射ようとするが、リサが手を上げてアルフィリースを制する。自分でどうにかする気なのだろう。

 確かに魔王の背後にいるアルフィリースに魔王が再度突進してきたら、彼女はそれこそ危機に陥り、誘導も台無しになる可能性がある。


「だからって!」

 

 そんなアルフィリースの心配をよそに、リサは冷静だった。魔王と面と向かっているのに呼吸もほとんど乱れていない。大した肝の据わりっぷりである。魔王もじりじりと距離を詰めるが、一気には仕掛けない。リサも魔王の動きに合わせてじりじりと下がる。あと8m、7m・・・5m。

 ここで魔王が動いた。手を使ってリサを捕まえに行くが、リサはひらりとかわす。だがかわした方向には木があり、さらに魔王もこの動きを予測したか、リサが跳んだ方向に酸を吐き出す。それでもリサは冷静だ。


「感知済みです」


 と言って、自分のローブを使って酸を防ぐと同時に、一瞬魔王の視界から自分を隠す。さらにローブを脱ぎ捨て、木を上手く蹴って一気に距離を稼いだ。苛立った魔王が奇声と共に突進してくる。そして広場にリサと魔王が入った瞬間――


「リサ! 横に跳べっ!」


 アノルンの鋭い声と共に、周囲一面が光に包まれた。


「こ、これは? 光爆弾?」


 爆発の代わりに閃光を発生させることで、相手の視界を奪うためのものだ。主に相手を生け捕りにしたいときに用いられるが、ここまで光の強い爆弾をアルフィリースは知らなかった。アノルンの特製だろうか、アルフィリースも何も見えない。

 そして虚をつかれた魔王の動きが一瞬止まる。その隙を利用してアノルンが対魔系の神聖魔術を行使する。


【我、光の主に仕える従順なる僕にして、主の法の執行者なり。今まさに悪しき魂を捕えて、主の御手に委ねんとす。ここに汝が奇跡の片鱗を示さん】

光縛牢ブレイズプリズン》!


 光が捕縛網のようになって魔王を絡めていく。アルフィリースは初めて見たが、結構な高位魔法のはずだ。やはりアノルンが高位の司祭であることには間違いがないらしい。

 自由を失った魔王が光の網の中でもがきまわるが、簡単にははずれない。


「いけぇ、アルベルト!」

「ォオオ!」


 間髪いれずアルベルトが斬りかかる。最初の一撃で魔王の片側の手を一斉に斬り払った。そして出来た空間を利用しながら回転し、バランスを失って倒れてくる魔王を渾身の一撃で斬り上げる。


「ムン!」


 アルベルトが振り上げた剣は、そのまま見事に胴体を輪切りにした。流石の魔王もなすすべなく真っ二つになり、ズズン、と音を立てながら倒れこんだ。魔王が倒れ込むと同時に切り口からは血が噴き出し、そして開いていた口や目が徐々に閉じていき、手も溶けるように腐り落ちて行った。

 その光景を見届けたアルフィリースは、リサに駆け寄る。


「リサ! 平気!?」

「大丈夫ですアルフィ。ちょっと擦りむいたくらいです」

「ごめんね、引きつけきれなくて・・・」

「お気になさらず、後退する過程のうち、あと数歩以外を引き受けてくれたのです。状況によっては半分くらいはリサがやることを覚悟していました。まあ、どうやらリサでは数十歩も逃げ切ることは無理だったでしょうね。デカ女にしては上出来です」

「もう、口の減らない子ね」


 アルフィリースはリサの頭をコツンとやろうとするが、リサはひょいっ、とよける。もう一発やろうとしたが、また避ける。今度はフェイント込みの連続で繰り出してみたが、全部避けられた。


「・・・か、可愛くない!」

「感知済みです」


 リサがふふっ、と微笑む。


「(ちょっとは打ち解けた、かな)」


 それでもこの一連の戦いを通して、アルフィリースは少しリサとの距離が縮まったような気がしていた。


***


「やったのでしょうか?」

「どうだろう? でも大ダメージではあるかな。とっとと跡形もなく燃やした方がいい」

「ではその準備を」


 アノルンとアルベルトが、動かなくなった魔王の体を見ている。体を真っ二つにしたからといって死んだとばかりは限らないが、少なくとも今は動く気配が無い。ならば今のうちに完全に燃やしたほうがいいと、アノルンがアルベルトとアルフィリースに指示をした。アルネリア教会は動く死体(ゾンビ―)を相手にすることもあるため、彼らは火葬用にある程度の燃料や聖水を持ち歩く。今回ももちろん準備はしていた。

 アルベルトが斬りかかるのに邪魔であった荷物は、木陰に置いてある。アルベルトとアルフィリースがその中にある燃料を取りに行こうと、魔王に背を向けたその時。


「! まだです! ボケっとしないで、アルフィ!!」


 魔王の死骸があるはずの方向から、矢のような何かがアルフィリース目がけて何本も飛んでくる。アルフィリースは完全に虚を突かれており、振り返る前に避けるという反応ができなかった。

 リサが彼女をかばおうと抱きついてきたが、軽量なリサではアルフィリースを押し倒すのが間に合わない。そして――


ドン! ドドン! ドン!!


 明らかに肉体を貫く音が、鈍く響き渡る。


「(え・・・? 私、死んだのかな・・・?)」


 だがアルフィリースに痛みはなかった。おそるおそる彼女が目を開けると――


「う・・・ウソ・・・」


 目の前にはアノルンがアルフィリース達をかばうように彼女達の方を向いて立っていた。その体中から何かが突き出ている。


「・・・アノルンって、こんな装備付けてたっけ?」

「・・・怪我してない、アンタ達?」

「アノルン!」


 リサの一言で我に帰るアルフィリース。ぐらりと倒れかかるアノルンを抱えるが、アノルンの口から血が吹き出ている。


「ド、ジったぁ・・・うぶっ」


 さらに大量の血をアノルンは吐き出している。


「アノルン、アノルン! な、なんてこと、血が止まりません。アルフィ、何をぼやっとしてるんです! 血止めを!!」

「なんで・・・アノルンの胸からこんなのが突き出てるの??」

 

 体を何本かの矢のようなものが貫いているが、心臓の位置からも矢が突き出ている。これでは・・・助からない。まるで現実感のない光景をアルフィリースは頭のどこかで冷静に分析しているが、リサは完全に狂乱パニック状態だ。


「なんでもいいから血を止めるものを早く!」

「これって・・・致命傷、だよね・・・?」

「アルフィー!!」

「なんで・・・あんなに強いアノルンが・・・なんで・・・」

「脈が・・・脈が急激に弱くなってる・・・こ、これでは・・・」


 リサが懸命にアノルンに呼び掛けてるが、遠い世界の出来事のように声が遠ざかり、アルフィリースの目の前が真っ暗になっていった。アルベルトが剣を構えなおした姿がぼうっと見えるが、まるで夢の中の出来事のようだ。


「(アルベルト・・・一体何に剣を向けてるの??)」 


 そのアルベルトの剣が向いた先では――

 魔王が再生を始めていた。いや、正確には違う。輪切りにした二つの柱から、中身である何か肉のようなモノが這いずり出てきていた。そして人型に変形していく。

 片方は顔らしき部分に大きい一つの目が。もう片方は全身に小さい目が浮き出てきている。そして共通するのは体の正中に大きな口が縦に開いていること。さらに手がそれぞれ5本と6本。手の先に指はなく、爪のようなものが不規則に生えている。そしてそれらの目がアルフィリース達を認識すると、ケタケタと笑い始めた。


「アルフィリース殿、一度撤退を! シスターを連れて早く! ここは私が時間を稼ぎます」

「・・・どいてよ、アルベルト」

「アルフィリース殿!」

「私は、どけと言った!!」


 瞬間、凄まじい殺気をアルベルトは自分の背後から感じ、思わず身がすくんだ。彼は剣を握っておよそ20年、戦場に出てから既に10年。恐怖や冷や汗を感じることはあっても、圧力で身がすくんで動けなくなったことなど一度もない。そのアルベルトが一歩も動くどころか、振り返ることもできずにいた。そしてその横をアルフィリースが悠然と歩いて前に出る。


「お前達が、アノルンをやったのか?」


 女性とは思えない程低く威圧的な声で発するその問いに、答えることなくケタケタと笑い続ける魔王達。


「・・・その鬱陶うっとうしい笑いを止めろっ!」


 アルフィリースが叫ぶと、一帯の大気がざわりと震えた。流石の魔王達も驚いたのか、笑いが止む。


「真っ二つにしても死なないのね・・・わかったわ、跡形もなく消し飛ばしてあげる」


 聞いたこともないような暗く深い声をアルフィリースが発する。そしてアルフィリースが右腕の袖を引きちぎると、服の下の呪印が姿を表す。その呪印はまるで生き物のようにうごめいており、同時に何かしら黒い液体が滲み出てきて、彼女の足元に小さな漆黒の水たまりを作っていた。血にも似ているが、それにしては色が黒すぎる。

 アルフィリースの、女性の体にそのような黒いモノ(呪印)が蠢いているのは、見ているアルベルトに生理的な嫌悪感をもよおした。だが一向にアルフィリースは気にかけていない。もはや怒りでそれどころではないのだろう。


解呪リリース


 その一言で右腕の文字が空中に浮き出てくる。


【我と誓約を結びし古の封印よ、我が血肉を代償にさらなる力を我に授けん。汝が誓約の主はアルフィリース。その因果と律により、我が敵の全てをむさぼれ!】


 そして空中で組み換わり、再びアルフィリースの右腕に戻っていく。するとアルフィリースの体から、可視化出来るほどの魔力がほとばしり始めた。



続く


次回投稿は10/21(木)20:00です。よろしくお願いします。



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