戦争と平和、その337~統一武術大会五回戦、バスケスvsティタニア④~
「(バスケスをこれ以上勝ち進ませたくない。でもティタニア殿にも無事でいてほしい。いかに非道とはいえ他人の死を望むことは人の道に外れるのでしょうが、バスケスは――)」
シャイアが感情に板挟みになりながら、ティタニアの戦いに見入っていた。そしてやはりティタニアの方から仕掛けたのだ。
「さすがいい度胸だ! 相討ち覚悟か!」
「冗談を。一合で終いです」
「やってみろ!」
バスケスがティタニアの動きに合わせ、強く踏み込む。バスケスの構えが迎撃技であることはわかっているが、相手の動きに合わせて一撃を打てるのは踏み込み脚の強さであることをティタニアは一瞬で見抜いた。
地面に穿つ杭がごとく、発射台を設置して防御と見せて拳を最大限に強く打ち抜く。そしてわざとらしく大きく構えた二撃目で『斬り裂く』。初撃が肝だが、後の先を取るための手法もあるだろうことを考えると、初手を崩さねば勝利はない。
そう考えたティタニアがすべきことは、一つだった。
「ハァアア!」
二人が交錯した刹那、破壊音が会場内に響いた。そして吹き飛んだのはバスケス。場外に吹き飛んだバスケスは意識がないのか、痙攣しながら泡を吹いていた。
段上には残心にて構えるティタニア。ほとんどの者が何が起きたかわからず、ぽかんと結末だけに見入っていた。
「見たか?」
「・・・さぁ」
会場内にティタニアの動きが見えた者はいたが、何が起きたか理解出来た者は拳闘の経験がある者だけだったろう。
ブランディオは急ぎ足でバスケスの元に駆け寄ったが、様子を見て救護班の要請を断った。そして段上に戻ると、ティタニアの腕を取って会場に宣言した。
「ティタニアの勝利!」
会場には歓声が湧いたが、ブランディオはしばしティタニアの腕を掴んだまま囁くように伝えていた。
「えげつないやっちゃ。一瞬心臓止まっとったで? 殺したら試合はパァやろうに」
「心配せずとも、一瞬止めただけです。あれしきで死にはしないし、むしろ心臓が止まるくらい打ち込まねばこちらが危なかったでしょう。加減ができる相手ではありませんでした。
むしろアルネリアとしては、死んでくれた方が好都合だったのでは?」
「ワイはただの審判や。上の方が何を考えているかは知らんなぁ」
「さて、どうだか」
ティタニアはそのままブランディオの手を振り払うようにしたが、会場にはとどまっていた。むしろブランディオの方が会場を去りながら、競技員に話しかけている。
「おい」
「は」
「ミランダ様に報告しとけ、ティタニアのダメージは申告や。小突けば倒せるってな」
「はい、しかと」
競技員はそのまま姿を消し、報告に走った。そしてその時、競技会の責任者としてこちらに足を運んでいたミランダだが、
「ち、使えないわね。もうちょっとティタニアを苦しめてほしかったのだけど。まぁ心臓打ちを食らえばしょうがないか」
「心臓打ち?」
周囲にアルベルトしかいないのをいいことに、露骨に舌打ちをしていたのである。アルベルトはその行為に少し眉をひそめたが、それでも感情にはまるでださずにいつものように義務的な口調で質問を投げかけた。
「正確には心臓振盪――心臓に特定の衝撃を与えると心臓が止まる時があるわ。ひどいと死に至るけど、たいていはちょっとした気絶程度で済むのよ。
格闘戦で相手を殺さずに制圧する方法の一つ。まさかバスケスもそれを自分にされるとは思わなかったでしょうけど、あの技術を見たのは百年以上ぶりだわ。拳闘家でも知らない者がほとんどではないかしら。
あなたも気を付けなさい、アルベルト。下手をしたらあの技術は鎧の上からでも打てる可能性があるわ。甲冑が無事でも死ぬことがあるでしょう? たいていあれが原因よ」
「そのような技術が――ミランダ様、ときに会議場の方はよろしいので?」
アルベルトの進言に今度はミランダが眉をひそめた。
「そちらは最高教主が何か考えがあるそうよ。心配せずに、こちらに集中しろとのお達しだわ」
「午後にはアルネリアに対する弾劾が始まるでしょう」
「それまでには戻るわよ。何のためにティタニアの試合をこの時間にしたと思っているのかしら。まぁいいわ、まだ策はある。明日にはもっと弱っているだろうし、本戦の組み合わせを楽しみにしましょう。それで少しばかりやることも変わるかしらね」
「バスケスはどうするのです?」
「さぁて、どうしてくれようかしらね」
ミランダは破れたバスケスの方をちらりと見たが、競技場の上にまだ佇んでいるティタニアを見て、何か雰囲気がおかしいことに気付いていた。
続く
次回投稿は、5/3(金)16:00です。