戦争と平和、その335~統一武術大会五回戦、バスケスvsティタニア②~
「始め!」
バスケスが余計なことを考えていた間は一瞬にも満たなかったはずである。だが試合開始の宣告からバスケスが構える一瞬の間に、実に6発もの攻撃がバスケスを捉えていた。
木剣での攻撃など取るに足らぬものである――そう考えていたバスケスの考えを否定するように、突き抜けるような衝撃がバスケスを捉えていた。
「(貫通――してねぇよな?)」
衝撃と驚きで飛びのいたバスケスがまず確認したのは自らの体。それほどの衝撃だったのだ。
「ほう、刀か」
「――ですね」
試合会場に足を運んでいた浄儀白楽と詩乃が興味深そうにティタニアの得物を見た。ティタニアは東の大陸で用いられる刀を模した木剣を持っていた。確かに刀の方がこの大陸の剣よりも突きを用いるには向いている。
知っている者は知っていたが、バスケスにはそこまでの違いはわからない。ただ剣を持っている。その程度の認識でしかなかったから、高速の六連突きには対処ができなかったのだ。ただ七撃目の眉間への突きが不発だったのはティタニアとしては予想外のことで、バスケスとしては致命的になりうる一撃だけは許さなかったということころだろうか。
再度正眼に構えるティタニアと、ようやく油断なく構えを取るバスケス。
「くそ、予備動作がここまでねぇとは」
「すぅ―――はっ!」
「うぉ!」
ティタニアにはバスケスを休ませるつもりはない。突然構えたティタニアが大きくなるような違和感を覚えるほど、ティタニアの突きは鋭く予備動作がない。その突きに対して二撃目で反応するバスケスも流石なのだが、まだ反撃に至るほどの余裕はなかった。
突き、突き、突き。ティタニアの猛攻に晒されながらも紙一重で躱し続けるバスケス。その防御と回避に徐々に余裕が出始める。そしてティタニアの突きが一際大きくなると、バスケスがその隙を見逃さない。
「慣れてきたぞ、オラァ!」
バスケスが右拳で殴りかかる。だがその拳をよけながらティタニアの剣がバスケスの脇に迫る。
「(あぁん? 筋肉の少ない箇所を狙っているとでも――?)」
受けてから続けざまに反撃しようとしたバスケスの直感が危険を告げる。バスケスは攻撃を捨て、体を捩じって回避した。
そして飛びのいたバスケスの脇から鮮血が吹く。観客がどよめき、バスケスは思わず怪我の箇所を押さえていた。
「(もうちょっと深かったら筋がやられていたな。どこが木剣だ、中に何か仕込んでんじゃねぇのか?)」
もちろんただの木剣なのだが、ティタニアが持てば木の枝ですら敵の体を貫く武器となる。ブランディオもそのことがわかっているのか、あえて何も確認しはしない。
そしてバスケスにはどちらでも関係ない。筋肉を引き締めて出血を減らすと、構えを取った。左腕は軽く肘を折り曲げ、地面と平行に少し前に。そして右腕は大上段から振り下ろすように。バスケスがこの大会で初めて見せる構えだった。
この構えを知る者は少ない。その意味がわかるのはゴーラとシャイアくらいだった。
「あれは我が師の――」
「これ、興奮するでないぞシャイアよ。本来なら絶対安静のお前をここに連れてきたのは、命にとしても戦いを見届ける権利がお前にあると思えばこそじゃ。見届ける以上のことを望むのであれば、お前はここにいる資格はない」
「はい、存じています。存じていますが――」
シャイアを助けたのはゴーラだった。普通ならアルネリアに治療をさせるところだったが、ゴーラには秘奥の仙薬がある。これを使えば死んでいなければどんな傷でも治せる。もはや数が少ないことと、補給がままならないことを除けば、アルネリアの治療よりも頼りになる回復薬だった。
それにこの秘薬をもってしても一晩で治らぬほど、シャイアの怪我は酷いものだった。普通の回復魔術で治療していては、後遺症は免れなかっただろう。バスケスが念入りに壊したのだ、無事であるはずがないことはゴーラも覚悟していた。あと数瞬遅れていたらどうなっていたかを考えると、ゴーラですら肝が冷える思いだった。
そして意識を取り戻したシャイアは、一も二もなく力が足りぬことを悔いて泣き、そしてこの試合を見届けたいと申し出た。普通なら許可することはない。だが師と兄弟子を殺されてからのシャイアの生き様を見ていて、またその責任の一端が自分にあることも考えると、断ることもできなかった。
ゴーラは貴賓席の屋上を確保すると、シャイアと共に試合を見学した。短いとはいえ、ティタニアはシャイアの師でもある。そのティタニアとバスケスの戦いには、並々ならぬ思いがあったのだ。
続く
次回投稿は、4/29(月)16:00です。