戦争と平和、その332~大陸平和会議九日目、昼②~
「戦時とそうでない時はまるで違う。特に最高教主としての役割を果たしている時は油断もあろうし、何より十分な力を発揮するわけにもいくまい。その隙を突けば、事故が起きる可能性は十分に考慮しておくべきだ。
そしてそれは他の使節の長にも言える。浄儀白楽しかり、スウェンドルしかり。天覧試合ともなれば俺が護衛となることもできよう。何としても不要な戦いは起こさせぬ」
ドライアンは戦争でどう勝つか、ということよりまず戦争を起こさせない方法を考えていた。会議の結末にもよるだろうが、このままローマンズランド支援の名目で合従軍が興ることは避けられない流れである。仮にアルネリアが承認せずとも、シェーンセレノ主導でその軍は興されるだろう。
ならばドライアンはその軍に入り込み、何としても最低限の犠牲で戦争を終わらせる必要があった。逆に、戦争を起こす側の立場に立ってみれば狙うべきは誰か。ドライアンの考えでは、アルネリアもしくは――アレクサンドリア。
ドライアンが呟いた。
「ディオーレ殿が天覧試合を観る側ならな」
「何か?」
「独り言だ。理解はできたか? お前が勝ち続ける方が都合がいいということだ。確率を少しでも上げるためにリュンカやチェリオも出すように焚き付けたが、結局残ったのはお前だけだからな。負けるなよ」
「無論、そのつもりです。ですがもう一つ――その、あのぅ」
ロッハにしては歯切れの悪い言葉に、ドライアンはその事情を察した。
「カプルにでも何か含まされたか。しょうのないやつだ、年寄りは心配性でいかん」
「だがしかし、十分な懸念事項かと。グルーザルドは元来世襲制ではありませんが、先王の御世からその流れも変わっております。グルーザルドの内外に与える影響は強いかと」
「獣将ですらろくろく知らん情報を国外の者が知るはずもあるまい。こう見えて情報操作にはそれなりに自信がある。獣人の国相手では間諜を送ることも難しかろう。情報漏洩はないだろうし、仮にあったところで問題ない」
「それは――いざという時は見捨てる判断をしてもよろしいということでしょうか?」
ロッハが真剣な表情で問いかけたが、ドライアンは平静で応えていた。
「他と同じように考え、同じようにせよ。本人にもそのように言い含めてある」
「わかりました。そのことさえ確認できたらよかったのです」
「本来確認するまでもなかろうが――ああ、一つ注意しろ? 競技者の中には俺でも苦戦する奴が何人かいる。殺すつもりでやってもよさそうだぞ?」
ドライアンが悪戯っぽく笑ったので、ロッハは驚いて反論した。
「王が苦戦? ありえません」
「いやいや、ヴァルサスが突っ込んできたときも俺は同じことを思ったがな。だが現実はいつも想像を超えるものだ。
ヴァルサスが突っ込んできたとき、影のように奴の背後を守りながら、八方から襲い来る獣人たちを片端から切り伏せていた猛者のことも俺は覚えている。奴がいたから、ヴァルサスは一直線に俺の所に到達できたのだ。随分と爺になったようだが、技の冴えは全盛期以上か――俺も手合せ願いたいくらいだ」
「それはあの仮面の――」
「まぁネタばらしばかりしても面白くあるまい。お前自身、人間の底力を体感するべきだ。もう行け、俺も明日からは気が抜けん。少しくらい自由にさせろ」
ドライアンが手で追い払うようにロッハを追いやったので、ロッハは一礼して足早く去っていった。そしてドライアンが茶に映る自分を見ながらため息をついた。
「俺も王でなければなぁ。これほど血が騒ぐ猛者が集結するなら、是非とも手合せ願いたいものだ。レーベンスタイン、バネッサ、そしてアルフィリース。どれともやってみたいが、一番は黒衣の青年か。俺の勘が正しければ――久しぶりに全力を出して届くかどうかの相手だと思うのだがな」
ドライアンは茶に映る獰猛な自分の笑い顔を見て、自らの欲求を封印するかのように茶を一息に飲み干したのだった。
***
レイヤーは平和会議の会場を出ると、何食わぬ顔で変装を解き平服に戻し、そのままシェーンセレノの宿に直行した。必要とあれば潜入して証拠をつかむことも辞さない覚悟だった。
が、シェーンセレノの宿を見てその考えを改めた。絶対に近寄ってはいけない。直感がそう告げている。
「これは――いつぞやのアノーマリーの工房よりも魔窟だね」
もちろん宿に盗聴や間諜を防ぐための魔術が施してあることは想像に易かったが、魔女と同じ傭兵団に属する以上、簡単な魔術解除の方法は聞いている。だが通常の魔術を遥かに凌駕する複雑な防御と、それ以上に嫌な感じを受けてレイヤーはあっさりと引き下がった。
「まずったな。これは――近寄るだけでも駄目だったのか」
レイヤーは既に撤退をしていたが、周辺の路地から一つ、また一つと気配が付いてくることに気付き、自分が失敗したことに気付いた。単に魔術に引っ掛かる間抜けならよかったかもしれない。あるいは目に見えた罠を多少かいくぐり、裏に仕掛けた罠かかる多少腕の立つ間諜のようなら注意されなかったかもしれない。
だが隠された魔術の罠に気付き、そして即座に間をおかずに撤退してしまった。つまり、シェーンセレノの宿がどれほどの魔窟かを瞬時に見抜き、そして消え去ったことでより相手に警戒させてしまったのだ。
仮にもここはアルネリア領内。相手も下手なことはしてこないだろうが、レイヤーとしても相手を処分するわけにもいかない。自分の歩調に合わせてついてくる相手をどのように撒くか、そのようなことを考えていた時である。
突然、あらゆる方向からレイヤーめがけて刃が飛んできた。
続く
次回投稿は、4/23(火)17:00です。