戦争と平和、その331~大陸平和会議九日目、昼①~
ルナティカはどうするべきか悩んだが、ここにはアルフィリースもリサもいない。そしてレイヤーに関することはある程度以上任されているのが現実だ。ルナティカはわずかながら重圧を感じながら、それでも決断しなければいけなかった。
「レイヤー、可能であれば剣の風の正体を探ってほしい。できる?」
「できるも何もやってみるしかないさ。そして僕が一人じゃないと、どのみち姿は現さないだろう。もし遭遇したら可能な限り粘って、そして何か一つでも掴んでみるよ」
「お願い。でも死なない程度に」
「もちろんさ。引き際は心得ているつもり」
レイヤーはそのままルナティカのグラスを回収して去っていった。ルナティカにはこの後統一武術大会もあるし、レイヤーの言う通り援護をしていても決して相手は姿を現すことはないだろう。レイヤー一人に任せることがどれだけ危険かを理解しつつも、ルナティカはそう決断するしかなかったのだった。
***
「王よ」
「ここだ、ロッハ」
ロッハは一度大陸平和会議が行われている場所に引き返し、ドライアンの判断を仰ぐことにした。そのドライアンは会議場の庭の一画、周囲から見えにくい東屋に一人で座っていた。手元には茶を淹れる一式が揃っているが、どうやら一人で準備したらしい。
少しロッハは驚きながらも人間世界の文化にかぶれた王であるから、この会議中に学んだのだろうと想像し、さしたる質問もなくその正面にやや乱暴に座っていた。
「至急、相談したき事案が」
「その前に茶の一つでも飲んだらどうだ? 余裕がないのが顔に出ているぞ」
「では失礼して」
ドライアンが淹れた茶を一息に飲み干すと、乱暴に置いて本題に入ろうとするロッハ。その様子を見てドライアンの眉が寄っていた。
「せっかく旨く淹れた茶なんだがなぁ・・・9日目にしてようやくコツをつかんだのだが。雅と風情が足らんぞ、だから獣人は馬鹿にされる」
「王よ、それどころではないと言っているでしょう!」
「統一武術大会でどこまでやるのか、不安になったか?」
ロッハは心配事をあっさりと言い当てられたので、二の句が継げずにもごもごと言いごもっていた。ドライアンは意地悪そうに笑いながら、ロッハに告げた。
「最初に言った通りだ、お前は余計なことを考えなくていい。統一武術大会に集中しろ、何なら優勝しても構わん」
「いや、それはグルーザルドの立場としてどうなのかと・・・」
「だから気にするなと言ったろう? 我々とて平和会議に参加を認められた一国よ、他の国と同じように振る舞って何が悪い。むしろ獣将が優勝できるとなれば、同格の猛者が12人いることは良い喧伝になろう。
それに、お前が天覧試合にいた方が俺としても何かと都合がいい。堂々とあそこに居座れるからな」
「それはどういうことです?」
ドライアンは茶の香りを楽しみながら答えた。
「まだ香りを楽しむ余裕がある、今はな。だがもうじきそうも言えなくなるだろう。特に明日からは」
「・・・何か天覧試合で起こると?」
「起こらねばおかしいだろう。さきほどの使節殺害の件を聞いたか?」
「いえ」
ドライアンは手短にあらましを話したが、ロッハは王の言わんとしていることを即座に理解した。
「なるほど、確かに何かあると思うのが普通ですね」
「そうだ。亡くなったセイラーズ殿には悪いが、この会議に影響を及ぼす人物とは思えなかったのだ。ならばこれはいわば予行演習で、本番があると考えるのが普通だろう。
考え方は様々ある。殺人を犯すことで他の燻っている火種を燃え上がらせる。アルネリアの警戒を上げさせ、本命の殺害を防ぐ。アルネリアの不手際を糾弾するための材料を作る。セイラーズ殿そのものに恨みがあった。プラジュール公国そのものに何かしら威圧をかけたい、などなど。俺が最も懸念するのはそのことではないが」
「では何を?」
「ここでローマンズランドの誰かに、矢が一つでも飛んでみろ。それこそ大戦争になりかねん。それは討魔協会が相手でも同じだな。
加えて。もし聖女ミリアザール暗殺を企てる者がいるとしたら、大事件になる」
「まさか? 聖女ミリアザールの正体とは――」
ロッハは事情を知っており、聡い者は知っている場合もありえる。だがおおよその者はミリアザールの事情など知らない。だから事情を知っている者にしてみれば、ミリアザール暗殺などそれこそ馬鹿げていると一笑に付するだけなのだが。
ドライアンの意見は違った。
続く
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