戦争と平和、その330~大陸平和会議九日目、午前④~
「シェーンセレノは気絶などしていない。気絶している時に呼吸の乱れも脈の乱れもなかった。つまり、気絶は演技」
「演技・・・なぜそんなことをする必要が?」
「それはわからない」
ルナティカの答えは素っ気ないものだったが、それもまたルナティカのよさであることをレイファンは認識した。考えるのは自分の役目であり、ルナティカは事実を報告しただけに過ぎない。
「(弱い女を演じたかった? だけど、ここまでの論客が真に弱い女であるはずがない。そんなことはわかりきったことでしょう。
そもそも死んだセイラーズ殿はどの派閥だったのか・・・確かシェーンセレノに同調することもなく、中立を貫いていたはずです。中立の人間を始末するメリットとは何でしょう? 中立は圧倒的少数。始末することでこの後の会議が有利に運べるとも思えない。それとも何らかの条件が折り合わなかった? それだけで使節の殺害にまで及ぶでしょうか。プラジュール公国の残った使節を調べてみる必要がありそうですね。
またセイラーズ殿が死に、シェーンセレノ殿が気絶したことでそれぞれ諸侯が動き始めている。この様子が見たかったとすれば理由は成立するけど・・・やはり殺す理由としては弱いでしょうか)」
レイファンの頭脳が目まぐるしく回り始めていたが、そこに扉をノックする者がいる。叩き方から、交代のフローレンシアが来たことがわかった。
「ルナティカ、交代の時間だ。そろそろ試合の時間でしょう?」
「ああ、わかった。ではレイファン小王女、交代させていただきます」
「ええ」
既にレイファンは心ここにあらずといった風に素っ気ない返事をし、ルナティカもまた義務的にフローレンシアと交代した。
そしてルナティカが部屋を出ると、その傍にすっと近寄る人物がいた。
「水はいかがですか?」
「もらう」
近寄ってきたのは給仕に扮したレイヤーだった。ルナティカが統一武術大会で動けない時、裏仕事の代役はレイヤーに頼んである。そのためこうやって引き継ぐべき案件がないかどうか、確認に来るのだった。
ルナティカはもらった水を少しずつ飲むふりをして、レイヤーと相談する。
「殺人の件、聞いた?」
「聞いたよ。もう死体も確認してきた」
「さすが仕事が早い。で?」
「『剣の風』とやらの仕業で間違いないね。まずあそこまで人間の骨と肉をキレイに断つことは普通の武器じゃできない。普通に考えれば魔術だろうけど、この会議場は平和会議が開催中は魔術が使用できないだろう? それに武器の形態も執拗に確認される。そうなると、あんなことをやれる存在ってのはある程度限定される。
それに切り口に残る余韻。あれだけ何の感情もなく殺人だけを行うのは、『剣の風』とやらだけじゃないだろうか」
「どうしてわかる?」
「何度か戦ったし、きっと、同類だから。それに、あんな殺し口をする奴が他にいるとは信じたくないね」
レイヤーの澱みない答えにルナティカは一間おいて、ため息をついた。レイヤーの答えは納得できる。だが暗殺者でもない育ちをしたレイヤーの答えがそれでは、あまりに悲しいではないかと考えたのだ。
だが今はそんなことを言っている場合ではない。
「痕跡、辿れる?」
「それは難しいけど、おびき寄せることはできるかも」
「なぜ?」
「あいつは僕に興味を持ってる。もし今アルネリアに奴がいるなら、隙を見せればちょっかいくらいかけてくるような気がするよ」
「それは危険」
「でもやらなきゃ、だろう? 下手をするともうこいつは現れない、おびき出すなら今日だけが好機かもしれない」
「どうして?」
レイヤーが少し言い澱んで答えた。
「ジェイクがもうすぐ動けるようになるから」
「ジェイク? 関係ある?」
「多分ね。ジェイクの特性が何なのかはわからない。でもきっと、剣の風にとっても良い物じゃないんだろう。もしジェイクがこの会場にいれば、あいつも動けなかったかも」
「確信?」
「いや、これは勘」
レイヤーの答えは推論だらけだが、今はその直感と推論に頼るしかない。ルナティカも剣の風のことは知っている。今まで存在はまことしやかに囁かれながら、誰も正体すらつかめなかった相手。現象や事象、災害なのではないかと言われた剣の風の正体に最も近づいているのが、このレイヤーなのだから。
続く
次回投稿は、4/19(金)17:00です。