戦争と平和、その327~大陸平和会議九日目、午前①~
「これは貴様の策か? それともブラディマリアか?」
「まさか。マリア殿も宿から動いてはおられない様子。それこそ浄儀様では?」
「馬鹿め、この状況で動けば真っ先に疑われるのは俺だ。そんな真似をすると思うか?」
「思いませんね」
詩乃が冷ややかに否定したが、白楽は腑に落ちないようだった。
「では誰だ」
「都に探らせるのも危険でしょう。今は会議場から離してあります。万一彼女を動かしていることがばれては、それこそ我々が疑われますから」
「それが賢明だな。今は動く時ではなかろう」
「ではしばしここに?」
「無論だ」
浄儀白楽にしては大人しすぎはしまいかと詩乃は疑ったが、詩乃とて予期せぬ事態だ。別段他の策があるわけでもなし、ここは黙って従うことにした。
そして焦っているのは他の面々も同じだった。努めて平静を装うレイファン王女もその一人である。
「ルナティカ、アルフィリースはどこに?」
「連絡がない。今日は団の命運を賭けた、朝一番の試合。相手は今大会の優勝候補。アルフィリースは勝っても無事では済まないだろうと言っていた。まだ来ないということは、勝っても負けても重傷だったと予想する」
「ジェイクも意識を取り戻したとはいえ、まだ任務復帰は許可されていないし・・・そこに加えてこの事態。リサ殿もいないのですか?」
「午前は元々休みを取る予定だった。午後には来る」
ルナティカは伝えられていた決まり事を淡々と話す。元々平和会議は安定していた様子を見せていたし、今後天覧試合の期間はそちらに各国代表も集中することとし、最終的な決定は統一武術大会終了後になされるのが通例だ。裏を返せば、その間数日が裏交渉の最後の機会となる上に、日にちもそれなりにある。物事が動くには十分な期間ととらえることができた。
そういう意味では、天覧試合に残った選手の代表は観覧を義務づけられるため、裏工作ができる機会が減ることとなる。暗躍したい諸侯はこの五回戦をわざと棄権するように伝えることも考えられるのだが、レイファンには元々有力な参加者がいないし、アルフィリースは所詮雇っただけであるので、どこまで勝ち進むことを是とするかは契約に盛り込んでいない。レイファンには統一武術大会に関してアルフィリースに命令する権限は持っていないのだ。
レイファンはこういった時に限ってアルフィリースがいないことを不便に感じたが、元々アルフィリースも用意した策の一つであることを思い出した。想像以上の働きについ頼っていたが、自分とて無策で乗り込んできたのではない。なぜ供も連れずに乗り込んできたのか。それは暗に諜報活動を行うためである。
レイファンが組織した精鋭かつ暗部である、ブルーウィン。この時のために民衆に潜り込ませ、放ってあるのだ。もちろん、この会場の給仕としても何人も潜り込ませてある。
レイファンはさりげなく自らも用を足すふりをして席を立つと、潜り込ませた仲間を探した。直接接触することはできる限り避けたかったが、そうも言っていられない。簡易の書簡を人目につかないようにしたためると、レイファンはすれ違うふりをしてそれを渡す。中には、欲しい情報と指示が入っていた。
もちろん、ルナティカがそれに気づく。
「今のは?」
「仲間です。予め潜入させてあります。ご存じでしたか?」
「いや」
ルナティカは知らないと言ったが、実はアルフィリースからその可能性を聞いていた。そしてアルフィリースもまた、恐ろしいことを言っていたことを覚えている。
「ルナ、この会場の給仕たちの動きをどう見る?」
「・・・給仕の割に緊張感があるし、身の使い方が素人ではない者がいることはわかる」
「私もそう思うわ。そうなると考えられる可能性は?」
「間諜の類が多いということ。それが何?」
「ミランダはこの会場の給仕を一般公募しているわ。しかもできる限り広く出身をばらけさせるように。表向きは各地域の料理を集めるために、とか言ってね」
ルナティカは理解が追いつかなかったが、アルフィリースは手にした料理を食べながら、世間話でもするように話し続けた。
「そんなことをすれば、ここは各国が間諜を送り込む場になることは目に見えていた。それがわかっていてミランダはそうしたの。逆にここに間諜を集めて、情報合戦の場にしたかったのかしらね。
もちろん武器のチェックは漏らさずされているし、護衛の数も多い。そして給仕などの下働きの者は、実はここに出入りする際に必要な身分証明書で魔力を封印されている」
「安全性には配慮が十分されていると?」
「それでも完璧じゃないでしょうけど、まぁただの給仕なんて一人もいないと考えていいのではないのかしらね。ただこの方がミランダにとっては都合がよかったのかしら。何せここに情報をばらまけば、面白いように情報が広がっていくでしょうから。
どのように情報が拡散し、どう人が動くかで誰がどの国の間諜かを調べることができるわ。私もやっているけど」
「え?」
ルナティカは信じられないといった風に、アルフィリースを見た。アルフィリースは相変わらずもぐもぐと食事をほおばりながら彼らの動静を見つめていた。
「間諜の基礎って、不思議なことにどの国でも同じようなものなのよ。たとえばあの給仕の彼女はミゲル公国の間諜、あちらの酒を運ぶ男性はコーダー王国の間諜、ってな具合にね」
「どのくらい把握している?」
「まだ半分くらいかなぁ」
会議が始まって数日なのだが、もうそこまで把握しているのかとルナティカが目を丸くしていると、アルフィリースが笑ってルナティカの頭を撫でた。
「会議の前から下調べしていることよ。本当なら会議が始まる前までに全部把握しておかなければならないわ。給仕の研修期間は14日もあったのだから。レイファンの間諜もいるばずだけど、まだ一人しか見つけていないわ。優秀な人材を育てたのね。
そしてこの段階で気を付けるべきことが一点あるの。耳を貸して」
アルフィリースがそっと耳打ちをした内容は衝撃的だった。ルナティカはその言葉を今思い出していた。
続く
次回投稿は、4/13(土曜)17:00です。