戦争と平和、その325~統一武術大会五回戦、ベルゲイvsセイト⑥~
弾けるように離れる両者。ベルゲイは可能な限り衝撃を吸収し、その場にとどまろうとした。そして踵が競技場の外に出たところで、かろうじて踏みとどまったのだ。
「むぅ、やりお、る・・・?」
ベルゲイが賞賛の言葉を吐こうとして、セイトの姿勢に気付いた。何かを発したように掌をこちらに向けるセイト。あの姿勢は――
「遠当てか!」
ベルゲイの体に衝撃が走る。距離が離れたと油断していた。まさか遠当てまで使えるとは思っていなかったのだ。獣人の間に浸透しているわけではないが、一部の外を知る獣人は使いこなすことができる。
セイトはかつてそのような技術があることを伝え聞き、我流で修得していたのだ。ゆえに、発想が縛られることがない。
ベルゲイは遠当ての衝撃をそのままいなした。衝撃を吸収する『柳』。『不動』と使い分けることで、肉弾戦での耐久力は無限に近くなる技術だが、踵が宙に浮いていることで完璧な『柳』とならなかった。ベルゲイの体がふわりと後ろにのけぞるが、それは鍛え上げた広背筋と足の指の力で耐えた。
「ぬ、う、う! これしき!」
『柳』では全身の脱力が必要である。力を込めることで衝撃は体に残り、ダメージとなる。不動とは逆の発想による防御だが、双方を瞬間的に使いこなせるのはベルゲイくらいだ。タウルスは主に不動による防御を得意とし、誰もがどちらかの修得を選択することがほとんどだ。
だから、力が入れば『柳』は発動しにくくなる。一撃を耐えたベルゲイの前に、さらに空気の歪みが迫っていた。
「(もう一撃、だと?)」
遠当ての連射は不可能。それだけ一撃に対する予備動作が必要だし、脚から腰へと力を伝えるために撃ち終わりに硬直時間が存在する。威力の割に隙が大きく、離れた間合いから撃てる以外には利点が少ない。また遠当ての有効距離を考えれば、歩法で間合いを詰めた方が速い。遠当てはあくまで牽制のための一打。多くの達人がそう考え、ベルゲイもまた例外ではなかったのだが。
セイトはその遠当てを連射してみせたのだ。ベルゲイは脚の筋肉が硬直しているのを感じ取り、『柳』では間に合わないことを悟る。
「『不動・仁王』!」
ベルゲイだけが使いこなす、一段階上の『不動』。鋼鉄の剣や槍すら跳ね返す最強の防御で受けて立つ。姿勢は不十分だが、これで問題ないはずだった。
「ぬおお!?」
だが、遠当ての重さが先ほどとは段違いだった。空気の歪みの向こうにセイトの姿勢を見れば、今度は脚を前に突き出して放った後が見える。脚で遠当てを撃つなど、前代未聞。
「なんだとぉ!?」
ベルゲイの体が場外に落ちていた。距離にして一歩分の後退。そしてダメージは全くといっていいほどなかった。先ほどの鳩尾への一撃も含めて、だ。
だがベルゲイのショックは大きかった。負ける時は棄権を想定していた。それなりに実戦形式の修業を行い、適当なところで棄権する。それがいつの間にかそれなりに真剣に戦い、そして普通に負けた。奥の手をいくつも隠したとはいえ、それで負けてしまったのだ。
アルフィリースの取引の元、競技会とはいえ戦う気概で臨まなかったことはベルゲイの落ち度だ。だが同じ状況ですら、一族の者に引けを取ったことは随分と記憶にない。少なくとも、今生きている者達に後れをとったことは一度もないのだ。タウルスが相手ですら、余裕がある。
ベルゲイはしばし呆然としていた。自分が真剣勝負の場から離れすぎていたことに今更ながら気付いたのだ。
「(ひょっとして、これがあの女団長の策略か? いや・・・そうではないだろうな。単純に、俺に戦う心構えが不足していた。それだけのことか。ティタニアとの戦いの前にそれがわかったことは、むしろ感謝すべき出来事だな)」
ベルゲイは気を取り直した。もしこのままティタニアとの戦いに赴いていれば、今までの修業の成果を半分も出せずに敗北していた可能性がある。その可能性を事前に知れただけでも、前向きにとらえるべきだろう。
そして顔を上げたベルゲイの前には、右肩を押さえたセイトが立っていた。セイトは左手をベルゲイに差し出すと、ベルゲイもそれを掴んで競技場に戻った。
そしてセイトの方からベルゲイに声をかけた。
「一応俺の勝ちだが、あまり勝った気がしない。勝者が敗者に声をかけるべきではないのだろうが、言わせてくれ」
「いや、間違いなく勝者はお前だ。覇気がないだのなんだの偉そうに講釈を垂れながら、肝心なところで心が不足していたのは俺の方だ。この歳にしてまだまだ戦士としては不十分らしい」
「あんた、本気じゃなかったろ?」
セイトの言葉に薄く笑ったベルゲイ。
続く
次回投稿は、4/9(火)17:00です。




