戦争と平和、その323~統一武術大会五回戦、ベルゲイvsセイト④~
「なんだと?」
あまりに予想と違う動きに、思わず攻撃することを忘れたセイト。殺気などなく、気配すら希薄。ゆえに迎撃することすらできず、ベルゲイはセイトの間合いまで容易に近づいた。
「静かなること、水鏡のごとく――『凪』」
ベルゲイの手がするりと伸びてセイトの左手首をつかむと、セイトの体がその場で一回転した。
「ぬおっ!?」
セイトは宙で姿勢を立て直そうとするが、その瞬間左肘から先だけに逆回転の力が加えられる。このまま動けば肘から先が使い物にならなくなることを直感したセイトは、強引に脚でベルゲイを突き放そうとする。
だが今度はその脚を掴まれ、またしても体勢を崩されるセイト。
「こ、この――」
「引き込むこと、沼のごとく――『泥渦』」
セイトは手打ちでもなんでもいいからベルゲイに攻撃を加えて脱出しようとした。だがその度にベルゲイには手ごたえがなく、まるで砂に拳でも打ち込んだかのように当たるたびにするりと逃げていく。
それでいてセイトの体からは離れず、常に体の一部に触れながら関節を極めようと動いてくるのだ。体に絡みつく泥人形に底なし沼に引き込まれる。そんな恐怖をセイトは覚えていた。
「(競技場の上だぞ? だがまるで泥か砂の上で戦っているように――逃げられない!)」
「取ったり」
セイトの首筋に泥が巻き付いたかと思うと、ベルゲイがセイトの首を腕でしっかりと捕まえていた。そのまま締めれば落ちるどころか首の骨を折られかねない。絶体絶命の危機を、セイトは逆に好機ととらえた。
「ここだ!」
「何!?」
セイトは首を決められかけた状態で後ろに飛んだ。獣人のセイトの体重は、成人男性の倍を優に超える。このままセイトの体重も加えて頭から落とされればベルゲイとてただではすまない。無論、首を決められかけているセイトもだが。
ベルゲイはセイトの首にかけた腕を外して逃げた。受け身から距離を取ろうとして、セイトの驚くべき行動を見た。なんと、セイトは自ら首から落ち、首を支えにして回し蹴りで反撃してみせたのだ。
さすがのベルゲイも予想が外れたが、それをあえて脇腹で受けた。そしてそのまま肘と膝でセイトの脚を破壊しにいったのだ。が――
「ぬぅあっ!」
「おおおっ!」
セイトは逆に脚を振りぬき、ベルゲイは脇腹のみの不動で受けようとして、それを止めて迎撃を優先した。結果、ベルゲイの右肋骨は数本折れ、セイトの左脚には深刻なダメージが残ることとなった。
そして再び対峙し、互いに獰猛に笑ったのだ。
「貴様、正気か? 自分の首が折れるところだっただろう?」
「生憎とそれなり以上に鍛えてある。あれしきでは折れん」
「はっ、迷いがあるくせに鍛練だけは充分か。生真面目なことだ」
「俺も獣人であることまでは否定はしていない。組手は実戦不足かもしれんが、鍛錬だけは人一倍行ってきたつもりだ」
なるほど、それゆえに今の蹴りかとベルゲイは納得した。セイトの種族は初めて見るベルゲイだが、筋力に秀でる種族には見えなかった。どちらかというと、速度重視だと思っていたのだ、先ほどの蹴りはベルゲイが受けた中で生涯最高の威力だった。
この獣人は既に気功を無意識のうちに使いこなしている。その基本となる鍛練は人一倍どころか、十倍でも足らないくらいだろうとベルゲイは予測する。才能だけではなく、地味な鍛錬を怠っていない。足りないのは経験だけとくれば、今まさにこの才能は芽吹く瞬間を待っているのだ。
そして泥渦を中止しなければならない攻撃の一瞬を見逃さない集中力、脚を犠牲にしても振りぬく胆力。そのどれもが素晴らしかった。
「ふ、ふふ」
「何が可笑しい?」
「いや、まさに俺の戦いになったと思ったのだ。同時に歳をとったとも思った」
「?」
セイトはベルゲイの言葉の意味を理解し損ねたが、ベルゲイはセイトの成長が楽しみでしょうがなくなってきた。まさか、自身の成長よりも見てみたい者が一族以外で出てくるとは、自分も老いたなと感じたのだ。
そしてベルゲイの構えが再度変わった。今度は明確に受けの構えに。セイトはまたしても戦いの空気が変わったことに気付いたが、先ほどよりもさらに困難となったことがわかっていた。
「その構えは――」
「意図するところがわかるか、小僧。俺もまだこの先の領域には到達していない。ゆえに、受けの構えとなる。これを越えられるか?」
「わからん。が――試してみたくはあるな」
「受けに徹すれば破られたことのない構えだ。別に乗ってこなくとも構わんが?」
「そう言われて引き下がれば男子ではあるまい。俺も残念ながら楽しくなってきたところだ」
ついに、セイトが自ら前に出た。
続く
次回投稿は、4/5(金)18:00です。