戦争と平和、その318~統一武術大会五回戦、閑話⑦~
「しょ、勝者フラウ!」
ようやく声を上げた審判のおかげで、観客もまた我に帰った。その様子を見ていたジェミャカとヴァトルカが難しい顔で呟いた。
「ヴァトルカ、あれさぁ」
「ええ、まさかあんなのがもう一体いるなんて予想外です。しかも気配すらわからなかった。余程『人間』になって時間が長いようですね」
「ああいうのってさ、何代か前のお姉さまたちが潰して回ったって言ってなかった?」
「生き延びたのでしょう、あるいは人と共存したか。珍しくはありますが、ありえないわけじゃない」
ジェミャカがさすがに神妙な顔になる。
「こうなるとさ、『虚ろなる者』が来ないかどうか心配だね。私たちも抑止力側になるのかな?」
「さて、どうでしょうか。先だって大規模な出現があったばかりですし、ここでは魔術が発動しているわけではない。あれらは大規模な魔術に応じて出現するという傾向があります。
もし結界魔術に反応して奴らが出現するようなら、魔術都市であるアルネリアはそもそも既に襲撃を受けているでしょう。アルネリアの先の襲撃の折あっけなく侵入されたというのも、結界を意図的に薄くしていたのかもしれません。推測ですが、戦争で使われるような攻撃魔術に反応して彼らは出現すると考えられていることは、教えられましたよね?」
「あー、婆ども言うことは半分くらいしか聞いてなかったからなぁ・・・でもここまで予想外の出来事が起こると、たしかに運命めいたものを感じるよね。もうアルネリアは去ろうかと思っていたけど、まだ見届けるべきかな」
「私は一応見届けますよ、この武術大会の余興としての価値が失われたとは思っていないので。ジェミャカは先日の少年のところに?」
ヴァトルカが少々からかうような視線を送ったが、ジェミャカには気付かれなかったようである。ジェミャカはくすぐったそうに笑うと、今日の予定について話し始めた。
「そ、そ。なんだかアルネリアを案内してくれるんだってさ。まぁまだカワイイくらいの少年だけど、男の誘いを断るのは女が廃るというか? まぁ時間はあるんだし、メシはおごってくれるし、付き合ってもいいかなとは思うのよね」
「本当に番にする気で?」
「まっさかぁ! 私の年齢聞いたらびっくりするっしょ。男の子に幻想を見せてあげるのも、年上の女性の役目かなと思うわけよ」
「自分が年上ぶれるから気分がよいだけでしょう」
ヴァトルカが嫌味を言ったが、ジェミャカが突っかかってくることはない。これは余程気分がよいとわかるのだが、最低限の役目を果たした以上もはや義務はない。ヴァトルカにも浮かれるジェミャカを止めるだけの正当な理由はなかったのだった。
そして引き上げたフラウの膂力を見た他の競技者は、彼女へと道を開けたが一人だけ立ちはだかる者がいた。赤騎士メルクリードである。メルクリードはフラウの前に立ちはだかると、無作法にも顎で動向を促した。それに嫌な顔一つせず、フラウが付き従う。
他の競技者はそのやり取りを見守ることしかできず、また無口ゆえに誰とも交流を持っていないこの二人の後を追う者はいなかった。
だが一人だけ、そのフラウの姿に見覚えのある者がいた。フリーデリンデの天馬騎士団から出向してきているターシャである。
「ん~~? あれぇ? あの人、どこかで見たことあるような気がするんだよなぁ・・・」
ターシャは物覚えは良い方だ。一度見た人相も忘れないつもりだったのだが、フラウの如き美人なら尚更である。だが誰かに似てはいるが、どうしても思い出せないのだ。
だからターシャはつい彼らの後を尾けてしまったのである。
そして二人は競技場から離れ、人気のない場所に行くとメルクリードが振り返って話した。
「お前――いや、俺のような奴が他にもいるとは」
「こちらこそ驚いた。ミストナに言われて参加したはよいが、お前のような奴がいるとは思っていなかった。運命とはやはり測りがたい」
「目的は?」
「アルネリアの聖女に内々の話がある。正体を隠したまま、面会するにはこれが一番とカトライアが判断した。それだけだ。そちらは?」
「同じく、オーダインの判断だ。オーダインの方は参加要請の代理と、優勝賞品であるレーヴァンティンに興味があるようだったが」
「なるほど、少し目的は違うか」
フラウが頷く。それから彼らは少し話し込んだ。必要なこと以外は口を開くことがない二人の話がここまで弾むとは、誰が思うだろうか。
後をつけてきたターシャは二人が話し込んでいるのを隠れながら見ていたが、隠れる位置のせいでオーダインの表情しか見えない。唇を読むことは可能だが、内容が知りたいのはフラウの方だ。
続く
次回投稿は、3/26(火)18:00です。