戦争と平和、その316~統一武術大会五回戦、閑話⑤~
「自分で伝えたら?」
「マイルスが寝込むほどの事実を、今のウルスに伝えれば死を覚悟してでも復讐に動きかねん。それはお前も俺も望まないだろう?」
「そうはそうだけど、誰にやられたの?」
その言葉にベルゲイの方も顔が曇った。
「バスケスとやらにちょっかいを出されたようだが、バスケスごときに遅れを取るタウルスだとは思えん。それに死体は鋭利な刃物で袈裟懸けに斬られていた。その表情は満足気だった。俺はティタニアと一騎打ちをして果てたと考えている。
過程はともかく、闘士としては本望な戦いで逝ったのだろう。だがマイルスにとっては尊敬すべき絶対的な存在だったからな。覚悟はしていたが、まだ子供だ。想像以上の衝撃で倒れてしまった。その看病に生き残った三人を当たらせて出てきたのだが、丁度よい形になった」
「このままティタニアの元に向かうのね?」
「そのつもりだ、バスケスとの戦いの後を追う。今日を逃せば、以後単独で戦う機会を失うかもしれん。俺にとっては最後の機会になるだろう」
「武術大会はどうするの?」
「棄権するつもりだ。相手はお前のところの戦士だったな? 名前は――セイトと言ったか?」
バスケスが対戦相手の名前を思い出す。戦い方も一度見たが、将来有望な獣人に見えた。
アルフィリースが頷きながら質問した。
「知っているなら、印象はどうかしら?」
「将来有望だな。獣将は何名かこの大会に参加しているようだが、既に良い勝負をできるほどには強いのではないか? だが力を制限している――というか、出すのをためらっているように見えた」
「やっぱり同じ印象ね。私もそう思うのよ。彼――優しすぎると言うか、力を振るうことを恐れているように見えた。獣人にしては珍しい気質だと思うのだけど、ヤオにきいてもニアに聞いても、セイトは本心を出さないらしくて。
獣人達の中でも少々孤立気味だし、私にも獣人の考えることは完全にはよくわからないわ。なら、拳を使って戦うあなたならどうかと思ったのだけど」
「なるほど、思い当ることはある」
ベルゲイは少し自分に似たところがある、とセイトのことを見ていたのだ。ベルゲイにも似たようなことを考えた経験があるのだ。
「目標が高すぎると、人はやるべきことを見失う。かつて、ティタニアを倒す決意をした時、俺にその頂が見えなかったように。まずは目の前の目標に、一つ一つ着実に到達することが必要だ。
山を登る時に、羽でもなければ頂にいきなり到達することはできん。人間ならまずは一つずつ手を伸ばすものだ」
「なるほど。よければそれをセイトに教えてくださる? できれば、戦いの中で」
「今しがた、棄権するといったばかりだが?」
「生き残った一族を全員、面倒見ると言っているのよ? もちろん必要なら、非戦闘員の人達も連れて来てもらってもいいわ。対価として、そのくらいしてくれてもいいんじゃないかしら?
もちろん、ティタニアとの戦いに支障がない範囲で構わない」
悪びれずに笑顔で申し出るアルフィリースを前に、昔から女には勝てないなと思うベルゲイである。ティタニアが男だったら――あるいはただの非道の輩だったら、ベルゲイとて手段を選ぶことはなかっただろう。
ベルゲイは小さく頷くと、アルフィリースの申し出を了承した。
「確実にできるかどうかはわからんが、やってみるとしよう。だがいつ棄権するかは、俺の判断だぞ?」
「もちろんよ、これで契約成立ね? 私はウルスをはじめとした、拳を奉じる一族の面倒を見る。あなたは私にティタニアの情報を提供し、セイトに指導する。これで問題ない?」
「ああ、問題ない。これで心残りはなくなった」
ベルゲイは迷いの晴れた、悟ったような清々しい表情となると、無言で部屋を出て行った。出口にへたりこんでいたミュスカデの気付けを行い、大股で去っていったのである。
ベルゲイがいなくなると、アルフィリースがぽそりと呟いた。
「死ぬ気ね、彼」
「そうですか? 私には必勝の気概に感じたのですが」
「生涯最高の戦いをする気概なのはそうかも。でも、自分が生き残った時の話をしなかったわ。もしかしたら勝ったとしてもティタニアの後を追う気かもしれないし、少なくとも救援が来るまではペルパーギスとやらの足止めをするつもりなのでしょう。
ティタニアに引き続き大魔王とも戦うなんて、私だったら想像しただけでオルルゥと戦うよりもよほど絶望的な気分になるわ」
アルフィリースは同情などベルゲイには失礼だと考えていたが、それでもため息は禁じ得なかった。
「でも彼には悪いけど、私には悪くない取引だったわ。ウルスを得たし、その一党も引き入れた。おまけに煮え切らないセイトもひょっとしたら変わるかもしれない。
私の直感ではセイトはただの獣将以上になる気がしているのだけど、買いかぶりかしら?」
「さぁ、どうでしょうか。セイトが派遣されてきた獣人の中でも頭一つ抜けているのはわかりますが、ヤオより強いかどうかはわかりかねます。積極的にギルドの依頼も受けませんし、戦いおいても言われたことはしっかりとやりますが、覇気がない。すぐに戦いの興奮に巻き込まれる獣人たちには困りものですが、あそこまで冷めた感じとなると、またそれはそれで困りものです」
「うーん、何のために戦うのかがわかっていないだけだと思うんだけどなぁ。まぁ結論は今日出るかもだけど」
アルフィリースは唸っていたが、リサはそれより別のことを考えていた。さきほどベルゲイは人間の才能を山登りに例えたが、アルフィリースには当てはまらないのではないか。アルフィリースは羽の生えている方の類の人間ではないかと思うのだ。頂のさらに上に行く、そう思えて仕方がない。太陽に灼かれないことを祈るのみだ。
既にこの若さでは叶えられないほどの自身の力と権力を手にしつつあるというのに、アルフィリース本人は何を見ているのかもわからないほど遠くを見ている。それが一体どういう結末になるのか、リサは楽しみであり、末恐ろしくもあった。
続く
次回投稿は、3/22(金)19:00です。