戦争と平和、その311~統一武術大会五回戦、アルフィリースvs森の戦士オルルゥ⑨~
「捕縛の魔術かしら?」
「その通りや。そうでもせんと、それこそ死ぬまで戦うやろ? 殺さずに止めるならこれしかないやろが。そもそも試合の決着はもうついとる」
ブランディオがちらりと視線を送った先を見ると、複数のアルネリア教会関係者が印を結んでいるのが見えた。観衆からは見えない位置に陣取り、それぞれ集団魔術を行使したのだ。
いつぞやミランダが魔王の動きを捉えるために魔術を行使したが、今回は威力はさほどでもないが不可視で発動させた。魔術の心得がない者であれば、こうして衆目に晒しても気付くことはない。
アルフィリースはため息をついた。貴族の観覧席が上層にあり、下層の一般人と出入り口を別にしているのはわかるが、個室席が多すぎるとは思っていたのだ。その気になれば魔術士を配置し集団で捕縛の魔術をかけ、アルネリアの意にそぐわぬ者の動きを止めることもできるだろう。
「最初からミランダとミリアザールの掌の上、か。わかっていたことだけどね」
「あんさんが思うとるほど、あの二人は極悪やないで? 備えあれば憂いなし、やろ。それに競技会はちゃんと手順通り終わらすがな。その後は知らんけどな」
「褒賞授与式か」
優勝賞品であるレーヴァンティンの授与式は、一般公開はされない予定となっている。わかっていたことだが、アルネリアはレーヴァンティンを誰かに渡す気など、さらさらないのだ。当然と言えば当然だが、あわよくばレーヴァンティンをせしめようと考えていたアルフィリースの考えはどうやら都合のよいものだったようだ。
今度はブランディオがアルフィリースに囁きかける。
「もう行きや、オルルゥは適当にワイが連れて行く。あんさんの傷も浅くないはずや。ちゃっちゃと医務室で治療して、会議に合流した方がええんちゃうの」
「ご心配どうも。でも私の雇い主はもう、私の力を必要としていないかも」
「いや、今日は荒れるはずや。あんさんも参加しといた方がええと思うで」
「――何かあるのね?」
ブランディオは意味深に口の端を上げると、アルフィリースの背中を押した。アルフィリースは関わる可能性のあるアルネリア関係者を調べ上げているが、巡礼の中でも最も凡庸な出自の男であるブランディオ。だがその得体は最も理解しがたいと、そう直感が告げているのだった。
***
アルフィリースが引き上げた後、控室では他の競技者がアルフィリースに様々な視線を送っていた。ある者は敬意を、ある者は疑惑を、ある者は侮蔑を。アルフィリースは様々視線を受けながら、それらを意識しないように自分が占拠していた一画に戻った。
控室では従者として待機させていたラーナが、荷物の番をしていた。
「まずは勝利おめでとうございます」
「ありがとう」
「なんだか、周囲の視線が痛いですね」
「当然だわ。周囲からすれば、あんな舞台を用意して戦うなんて、卑怯だと考える人間も多くいるでしょう。私は規則に反しない範囲で工夫して勝つのは卑怯だとは思わないけど、戦いにおける矜持を優先したい人にとっては、私のような戦い方は邪道にしか映らないでしょうね。
それに内容よりも勝利したことで得られる名誉、実利に嫉妬されることもあるでしょう。イェーガーがアルネリアと繋がりがあると考えられているなら尚更、贔屓されていると疑っている人間も多くいるでしょうね。
それよりラーナ、いいかしら?」
「?」
アルフィリースちょいちょいと指でラーナを呼ぶ。そして足を払って自分の正面に膝まづかせ、突然衣服を巻くりあげて腹を出したので、ラーナが赤面する。
「ちょっと、アルフィこ、困ります! こんなところで・・・」
「何勘違いしているのよ、傷の具合を見て頂戴」
「き、傷ですか。そうですよね、はは――は、これはひどい」
「多分筋肉までいっているわね。内臓まで届かなくてよかった。腸をはみ出しながらじゃあ勝っても恰好がつかないものね」
「何を馬鹿なことを言っていますか」
ラーナはその場で応急手当てをしようとして、アルフィリースの行動の意味を察した。ここは控室なのだ。アルフィリースは天覧試合に一番乗りをした。この先戦う相手がここにいるかもしれないなら、弱みを握られるわけにはいかない。
ラーナが使える魔術には、傷を直接治すものはなく、せいぜいが痛み止めでしかない。ラーナは懐から血止めを取り出し傷口にさっと塗ると、誰にも気づかれないように魔術で痛み止めを行った。
アルフィリースは傷を何事もなかったように隠すと、そのまま控室を去ろうとする。そこに寄ってくる人物がいた。
続く
次回投稿は3/12(火)19:00です。