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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その310~統一武術大会五回戦、アルフィリースvs森の戦士オルルゥ⑧~

「グルゥウアアアッ!」

「ほとんど野生の獣ね! もっと厳しい躾けが必要かしら?」


 アルフィリースは口調では余裕ぶったが、腹部の怪我は酷かった。咄嗟に筋肉を緊張させて血止めをしているが、それでも血が溢れてくる。もう一度腹に強烈な一撃を喰らえば、血でない何かが出てくるかもしれない。

 長い戦いは不可能だった。


「これを殺さないように制圧する、ね――なんて無茶な要求かしら? やりすぎて死んでも恨まないでよね!」


 今度はアルフィリースから仕掛ける。牽制の蹴りを出そうとして、オルルゥがそれに反応して蹴りを出す。だがこれはアルフィリースのフェイント。オルルゥの攻撃を誘発し、カウンターで右拳を顔面に打ち込む。

 右拳には鼻の骨が砕ける感触があったが、オルルゥはこれしきでは止まらない。反対の足で飛びつくようにして蹴りを繰り出してくる。

 アルフィリースの鼻先をかすめた蹴りは、親指が反っていた。明らかに目を潰しにきた一撃である。


「容赦ないわね! 狩人の本能ってやつ?」

「シネェ!」


 オルルゥの手刀が振り下ろされ、それを受け止めて前に出ようとしたアルフィリースは直感で後ろに下がった。風圧でアルフィリースの左胸の部分が避け、血が噴き出す。そして勢い余った地面に直撃した手刀は、軽く地面を砕いた。

 こんなもの、いくら魔術で強化しても受けきれるものではない。人間の体が元では、強化しても限界があるのだ。もし腕力の三倍ある足で蹴りを受ければ――最悪、胴体が真っ二つである。


「じょ、冗談じゃないわ。本当に人間かしら?」

「オマエがイウナ!」


 アルフィリースにとって厄介な点は、オルルゥに冷静さが戻ってきているところだった。狂戦士状態となり身体能力が大幅に上昇しながら、それでいて冷静さを失うこともない。人間相手でこれほど危険を感じるのは、初めてのことだ。

 オルルゥが繰り出す攻撃の危険度が理解できる者にとっては、アルフィリースとオルルゥの攻防一つ一つが恐怖だった。いつアルフィリースの四肢や首が飛ぶかもしれないのだ。

 だがなぜかリサだけがオルルゥの真似をして拳を振りながら、歓声を浴びせていた。


「いけ、そこだ! デカ女の堕肉をもげ!」

「ちょっと、リサ? 洒落にならないわよ!」


 エクラがリサを窘めたが、リサはどこ吹く風だった。


「ふん、これで本当にもげるわけがないでしょう? 先ほどの棒術すら防ぐのですよ? いかに鋭かろうとも、デカ女に当たらないからオルルゥの応援をしているのです。

 まだあなたたちは自分たちの団長の実力を信じられない?」

「いや、しかし――」

「しかしも御菓子もありません。斬れる部分は肘、膝、手刀。それだけしかないのなら、アルフィの勝ちは揺るぎません」


 リサの言葉通り、またしてもアルフィリースの防御が有効になってきていた。最初は大きくかわしていたが、徐々に避け方が小さくなっており、ついにオルルゥの蹴りに手を添えて、一回転させた。


「!?」

「甘いわね。ヤオ程変幻自在じゃないし、ウルスほど動きが体系化されているわけじゃない。尋常じゃない速度とキレだけど、それじゃあ私には当たらないわ。

 それに――」


 私の意識の中にいるアイツには、遠く及ばないわ。と心で呟き、アルフィリースは《圧搾大気ディーププレス》を小規模で発生させた掌底をオルルゥの腹に直撃させた。

 オルルゥがきりもみ状に回転しながら、さきほどの崩壊した建造物の中に突っ込んだ。そして大量の丸太を吹き飛ばしながら、突き抜けたところで何回転も転がりまわってようやく止まったのだ。

 だが腹部の痛みで踏み込みが不十分だったのと、アルフィリースも実戦で初めて使った技だったせいで、アルフィリースの右腕も大きく反動で吹き飛び、肩が抜けて右手はずたずた。指が落ちることこそなかったが、出血は相当なものだった。


「痛った~・・・もう立たないでよ?」


 まだ戦えなくはないが、もう右手は使い物にならない。それに腹部の出血もひどくなっている。これ以上は本当の意味での殺し合いになる。

 だがアルフィリースの願いもむなしく、オルルゥの意識ははっきりしていた。狂戦士状態では痛みを感じないわけではないが、鈍くはなっている。それに極度の興奮状態であるため、基本的に止まることはない。そしてリサが使用する薬のように、限界時間もない。長く使えば廃人になるが、その時間まではまだ遠かった。

 オルルゥは左腕と右足首が折れたことを理解し、一部内臓が損傷していることを確認したが、アルフィリースも限界であることはわかっていた。だからもうひと押し、とどめを刺すべく起き上がろうとした。ワヌ=ヨッダの戦士である誇りをかけて負けられないのはオルルゥも同じなのだ。

 が、オルルゥが起き上がることはなかった。まるで見えない巨人にでも押さえつけられているように、体が全く動かない。そうこうするうちに、動けるようになったブランディオがアルフィリースの左腕を高く掲げて、勝利を宣言していた。


「アルフィリースの勝利!」


 アルフィリースの強烈な一撃に静まっていた場内に、歓声が響き渡る。最初はアルフィリースに野次を飛ばしていた観客も、この戦いに満足し惜しみない歓声を送っていた。

 アルフィリースはほっとした表情を浮かべながら、同時にブランディオに囁きかけた。



続く

次回投稿は、3/10(日)19:00です。

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