戦争と平和、その308~統一武術大会五回戦、アルフィリースvs森の戦士オルルゥ⑥~
「な、なんやて・・・」
そのまま棒でブランディオの顎をカチ上げ、思い切り蹴り飛ばした。蹴りの勢いにブランディオが場外の壁まで吹き飛び、叩きつけられたところで観客の歓声がざわめきに変わった。
アルフィリースが目を剥いた。ブランディオは巡礼の五番手と聞いている。ミランダの話では実力を隠している節があるが、それでも五番として十分な実力の持ち主だと。すくなくとも上級神殿騎士程度の実力はあるはずだとミランダは言っていた。それが反応すらできずにあそこまで飛ばされた。
見ればオルルゥの体が上気し、赤く染まっている。これではまるでウルスの技と同じではないかと、アルフィリースが思わず下がりそうになる足を必死で押しとどめた。
オルルゥの異常にいち早く気付いたのはロッハ。
「いかん、暴走だ!」
「暴走?」
飛び出しそうになるロッハのズボンの腰をラインが引き止める。が、その手をロッハがぴしりと叩いた。
「ええい、放せ! お前のところの団長が死ぬぞ!」
「お前が乱入したらアルフィリースの負けだ。そうなると俺たちは社会的に死ぬことになりかねん。暴走とは何のことだ?」
「ワヌ=ヨッダの戦士たちは、死に瀕すると体が赤く染まり、死ぬまで戦うことがある。それこそ腕の一本がもげようが、足の一本がもげようが、首だけでこちらの喉笛を噛み切りにくる勢いだ。それがあるからいつも消耗戦になり、ほどほどのところで遠征が終了するのだ。
一兵士の暴走でもグルーザルドの小隊が潰されることもある。それが総戦士長ともなると、どれほどの暴走か。この場にいる戦士全員を集めんと止まらんかもしれんぞ!?」
「成程。アルフィリース!!」
説明を受けて突然ラインが凄まじい声で叫んだ。ラインがこれほど大きな声を出せたのかと言うほどの絶叫。思わずロッハが後ろにのけ反って飛び出しかけた手すりから落ちそうになり、周囲の観客が耳を押さえてなおくらくらするほどの大音量。
さすがにアルフィリースにも届いたのか、アルフィリースが振り返る。
「『本気』でやれ、死ぬぞ!」
ラインの言葉は短かったが、それでアルフィリースには充分だった。アルフィリースは本部側を向くと、こちらもラインに負けじと大声で叫んだ。
「競技場周囲の魔術を解除して! すぐに!!」
「そ、そんなことを言われても・・・」
本部にミランダはいない。とりあえず神殿騎士団は詰めているが、責任者たる者は現在不在としていた。ラファティやアリストすら、いなかったのだ。これはアルフィリースにも誤算だった。
だが倒れているブランディオが、片手を出して競技場周囲の魔術を解除した。まだ鳩尾をさすりながら、ようやく壁にもたれながら立っている。
「ワイの権限で解除しとくわ。好きにやってや、ただし自己責任でな」
「恩には着ないけど、感謝するわ」
アルフィリースががん、と拳を合わせる。そしてオルルゥが棒をゆっくりと回しながら歩いてきた。アルフィリースもそれを迎え撃つべく、前進する。
「な・・・前に出るですって?」
「正気か? 魔術を使用しての中距離戦ではないのか?」
ウィクトリエとエアリアルが同時に驚いた。仮に魔術が使えるとするなら、自分達なら距離を取りつつ戦うからだ。オルルゥに接近戦を挑むなど、無謀過ぎる。
だがリサが笑った。
「どうやらいつものアルフィのようですね。ウィクトリエはともかく、エアリ―。まだ理解していないのですか? あれがアルフィリースですよ。今この瞬間、我々のことは頭から消えているのです。アルフィリースは義理人情に溢れた人間ですが、自分の興味が優先されるのです。オルルゥと全力の自分のどちらが強いか、今はそれだけでしょう。
そういう人間の尻馬に乗ったのは我々の選択です。そろいも揃って危険な人間に人生を託したと諦めて、この戦いを見守りましょう」
そう言い放つリサの表情は、不安げな他の団員と違いどこか楽しそうだった。そして目の前では驚愕の光景が繰り広げられる。
続く
次回投稿は、3/6(水)19:00です。