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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その306~統一武術大会五回戦、アルフィリースvs森の戦士オルルゥ④~

 それはこの試合を眺めるジェミャカとヴァトルカも同様だった。


「へえぇ~やるもんだね、あの女団長。今のところ優勢だ」

「ええ、オルルゥは普通の人間としては珍しく、単体で武の極みに至りうる人間。魔術なしのこの大会なら、右に出る者なしと考えていましたが」

「戦い方が上手い。相手の長所を消して、自分の強みが出るように戦ってる」

「それ以上に、間の取り方が上手い。先ほどの飛び蹴りですら、一つ間違えれば自分が負けていたはずです。それも成功させ、ここまでオルルゥを追い込んでいる。ちょっと予想外の展開ですね」


 ヴァトルカもまた感心した。成程、この女の元で戦っているからこそ、あのルナティカの戦い方なのかと、今では素直に納得する。実力が足りなかろうが、工夫と戦い方で勝利を手繰り寄せるのだ。

 鮮やかではないが泥臭くも勝利する戦い方は、確かに里の純粋培養で育つ戦姫たちにはないだろう。自分の美学とは反するが、ある意味では貴重な経験をしたかもしれないとヴァトルカは冷静に考えようとしていた。

 そしてアルフィリース優勢に湧く団員達をよそに、ラインは冷静に判断していた。


「よくないな」

「優勢じゃないのか?」

「いや、さっきので決めておくにこしたことはなかった。ここから先、オルルゥに油断はない。アルフィリースの策にあえて乗らず、自分のペースで戦えばオルルゥに負けはないだろう。何より、基本となる戦闘技術が違い過ぎるからな。

 アルフィリースが何か仕掛けようと、一つ一つオルルゥが潰していけば負けはないさ。オルルゥにすりゃあ面白くない戦いだろうがな」

「だが、一つ長棒を消耗させた。もう一つの棒は短い。あれなら間合いも長くないし、一方的にやられることはないのではないか?」

「どうかな。いや、むしろ・・・」


 ロッハの言葉にラインは黙った。オルルゥはこの建造物を見てから一度引っ込み、わざわざ短い棒を準備して出てきた。今まで使ったことのない武器のはずだ。この建造物の中で戦うことを想定すれば、長物よりもひっかかりにくい短い武器を選んだことはすぐにわかる。

 だが、もしそうならあの武器もそれなりに慣れているということにならないだろうか。そして今までの相手では引き出せなかったが、間合いの短い武器をもつということは、おそらくは、近距離戦――ひいては格闘戦も一流なのだろう。

 グルーザルドの侵攻を何十年にもわたって退けてきた先頭集団の長だ。獣将よりも戦闘能力では上だとラインは考えているのだが。


「(そこまではアルフィリースもわかっちゃいるだろう。問題は、これ以上の策があるかどうかだ。仕掛けはまだまだあるだろうが、オルルゥに対して通じるものかどうか。

 負けたらわかっているんだろうな? 冗談でした、じゃあすまされない相手だぞ?)」


 ラインの心配をよそに、アルフィリースは建造物の中に入ってそこでじっとしていた。対するオルルゥもまた、ゆっくりと建造物の中に入っていった。

 オルルゥが一歩進むと、一番下は意外にもしっかりと足場が組まれており、競技場の床が見えないようになっていた。最悪、ここで戦うことを想定していたのか。あるいは足場がやはり油でぬめっていることを考えると、ここに落として正攻法以外の戦い方をするつもりでいたのか。

 オルルゥはアルフィリースを仕留めるためには再度この建造物を昇る必要があることを感じていた。だが大外では何が起こるかわからない。中に入らなければいけないこともわかっていたが、久方ぶりに感じる緊張感だとオルルゥは考えていた。


「(エタイノシレぬ、マジュウのスにハイルキブンだ。ナカナカイイ)」


 オルルゥが建造物を棒で叩く。センサーと同じで、これでおおよその構造と、アルフィリースの位置を把握することができる。アルフィリースは先ほどの場所からそれほど動いていないようだが、オルルゥは急ぐことはしなかった。動かないということは、待ち受けているからだ。

 オルルゥは慎重に進むと、建造物の一本ごとの木に細工があることがわかった。中を抜いて壊れやすくなっているもの、返しがついているもの、油で濡れているもの、体重をかけると回転するもの外れるもの。よくもまぁこれだけのことを考えつくものだと、半ばあきれていたところである。


「ヨクモマァ、ココマデのモノをジュンビスル。ン?」


 オルルゥは足元手元共に慎重に進んでいたのだが、突如として背後の木材が回転した。そして紐のようなものが飛び出し、巻き付くようにしてオルルゥの風船を割っていた。

 オルルゥはまだ自分が油断していたことを知った。オルルゥが失敗をせずとも、アルフィリースにはこちらを攻撃する手段があったのだ。この建造物は既にアルフィリースの手の内なのだ。今いる位置から動かないということは、そこからでも攻撃する手段を持っているとこいうことの証左に他ならない。

 オルルゥが気付いた瞬間、周囲の木材が一斉に回り始めた。そこから仕込んであった武器が一斉に飛び出し始める。この戦いはあくまで競技会。オルルゥの風船が全て割れ、アルフィリースが制限時間を逃げ切れば勝利となる。

 オルルゥは全方位から繰り出される罠に対し、必死で防御した。打ち据える鞭のような攻撃、礫のような飛来物、中には本格的な矢のようなものまである。それらを払い、躱し、防ぎながら、オルルゥはその場で耐えた。


「(サイテイ、1つノコセバイインダ)」


 自らの胸にある風船だけ守れば、時間切れによる敗北は防げる。これらの罠を全て防ぎきれば、正面切っての戦いなら負けはしない。オルルゥはそう考えて防御に徹した。

 だが、そのオルルゥを嘲笑うように、頭上から液体がオルルゥに降り注いだのだ。まさに冷や水をかけるような予想外の攻撃に、オルルゥの動きが一瞬止まった。酸の類ではないかと疑ったからだ。だが体には熱さも痛みもなかったが、見れば風船だけが溶け出していた。


「ハァ!?」

「馬鹿ね、風船だけを破る方法なんて、いくらでもあるのよ」


 風船の表面だけを溶かす液体。そんなものを頭から浴びせられ、オルルゥは激怒した。最初から策を練っているだろうとは思っていたが、ここまで徹底的に罠にかけ通すとは。アルフィリースにはまっとうに戦う気なんてさらさらなかったことを知り、せめて一太刀浴びせようと激怒したオルルゥが上方に向かって行った。

 その瞬間、今度は建造物に一斉に火が付くと、突如として崩れ始めた。オルルゥは森で火に包まれる脅威を知っている。必死に崩れる木材を蹴りあがりながらアルフィリースの元にたどり着こうとしたが、そこにアルフィリースの鞭が飛んできて無情にも足を払われた。

 宙に放り出されたオルルゥは成すすべなく燃えながら崩れ落ちる木材の中に吸い込まれていったが、最後に、


「アルフィリース!」


 と叫んでいた。アルフィリースは一人、崩れていない足場から悠然とそのオルルゥを見下ろしていたのである。



続く

次回投稿は、3/2(土)20:00です。

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