戦争と平和、その301~統一武術大会五回戦前④~
「人懐こくないと、間諜は務まりませんよぉ? 油断させてブスリ、ができませんからね。まぁいいや、要件は単純です。ヒドゥンの行き先、知りません?」
予想した範囲の名前が出たが、答えは単純だった。
「それは私も聞きたいところだ。私に何の連絡もなく消えたからな」
「・・・うーん、嘘は言っていないようですねぇ。実は、我々とヒドゥンは協力関係にあったんですよねぇ。ところが、ある日を境にぷっつりと連絡が取れなくなりまして。
ブラディマリアもヒドゥンのことは知らないようですし、ヒドゥンの伝手が使えないとなると、あなたが仲介役としてオーランゼブルとつながったりしませんか?」
「それも私が聞きたいところだ。黒の魔術士とは、それこそヒドゥン以外につながり様がない。そもそも黒の魔術士は今でも活動できているのか? ティタニアとドゥーム、それにカラミティ、ブラディマリアと、それぞれ別の思惑で動いているように感じるのだがな?」
マスカレイドの言葉に、都がため息をついた。マスカレイドも情報収集の上に出した結論だったが、どうやら黒の魔術士は稼働していないのではないかということだ。
最近では魔王の活動がめっきり減ってきていることと、少なくともアノーマリーとサイレンスがいなくなったことで動かせる兵隊が極端に減り、大規模な活動ができなくなったのではないかとフェンナを始めとしたシーカーたちは予想していた。
だがマスカレイドは逆に不気味だと思っていた。そもそも黒の魔術士が結成されたのは、数十年程度の昔のはずなのだ。それまでの数百年、あるいは千年以上、オーランゼブルは何をしていたのか。誰を使って動いていたのか。どれだけ力があろうと、一人で大陸全てを巻き込むならば手段も限られるだろうし、どうして黒の魔術士をこの数十年で必要としたのか。その手足として、スコナーに声をかけたのか。
マスカレイドの疑念はそこに集約されつつあったが、他に同じようなことを考えている者も知らないので、疑念は論議しようもなかったのである。
背後の都は頭が切れそうだが、どのように現状を考えているのか。マスカレイドはそれを知りたくなっていた。先ほどのため息は嘆息だけではあるまいと察していた。
「どうした? そんなにオーランゼブルやヒドゥンと連絡が取れないことが残念か?」
「いえいえ。正直な話ね、オーランゼブルと連絡をつける方法はあるんです。だけど知りたいのは、ヒドゥンの行方なんです」
「どういうことだ?」
「あなた、ヒドゥンの出自をご存じ?」
マスカレイドは首を縦に振った。
「当然だ、雇い主のことを調べるのは常識だからな。吸血種の王、バルファベルが一子だろう?」
「そうです。大戦期を生き抜き、今も活動する数少ない大魔王。しかも世からは隠れて暮らしていますが、いまだに大戦期の戦力そのままを保有している大勢力。そして極めつけは、知性的でアルネリアとも交渉できるという点です」
「吸血種の王は戦いを嫌い、平和的に隠遁したと聞いている。王の領地は禁足地とされ、地図にも乗せられることなく、周辺の国がそれとなく守っているとも閉じ込めているとも。それがどうかしたか」
「ヒドゥンを餌に、吊りだせないかなぁと」
その策に、マスカレイドが眉をひそめた。
「本気か? これ以上の混沌を大陸に起こしてどうする! お前たちは何が狙いだ、この大陸を滅ぼすつもりか?」
「いえいえ、そんな気はありませんよぉ。それに大魔王といえど、カラミティやブラディマリアを倒せるような存在ではないと思うんですよね。聡い貴女なら、私たちの目的にも気づくかと思いますが?」
「・・・ああ、そういうことか。お前たち、こちらの大陸に拠点を築くつもりだな? こちらの大陸に進出するつもりか」
マスカレイドの言葉に都は答えることなく、すっと刃を引いた。そして声の出所が厠から出て行きながら答えていた。
「まぁその辺はご想像にお任せします。一つ確実なのは、我々はこちらの大陸に協力者がほしいということです。協力してくれた方には、しっかりと見返りを用意しますよ」
「私に協力者になれと?」
「もちろん負担は強いません。できる範囲で、でいいのです。そちらの利益を優先していただいても構いませんし。
ただ、まだカラミティの正体については内緒にしていただけるとありがたいですね。カラミティは気が立っていますから、正体までばらされたとなれば大暴れを始めかねませんから」
「協力者になるのを断ったら?」
都は肩を竦めた。
「それは互いにとって良くない結果を生むでしょう。あなたは今の生活を失い、私はあなたという協力者を永遠に失うことになりそうですねぇ」
「脅しだな」
「事実です。間諜のくせに正体がばれるのが悪いでしょう?」
「それはそうだ。だが簡単に私をどうにかできると思うな?」
強がるマスカレイドに、再度、都は肩を竦めた。
「私は暴力的なやり方は嫌いです。友好的な関係を望みますよ。労にもきちんと報いたいですし」
「ふん、そちらの出方次第だな」
「そうですか。では」
都はうんうん、と頷くとするりと音もなく出て行った。あっけなく出て行った都に、マスカレイドは呆然としてしまった。
「結局、何をしに来たんだあいつは――」
「アミル、まだですかー? 体は大丈夫ですか?」
フェンナの呼ぶ声に、我にかえるマスカレイド。そして顔を取り繕うと、そのまま外に向かっていった。
「すみません、今参ります!」
「そうそう、それでいいんですよぉ」
小走りにフェンナと合流し、去っていくマスカレイドを見ながら都が呟いた。
「放っておいてもあなたは踊ってくれます。こちらはちょっと情報を与えて、後押しをするだけでいい。正体がばれるような間抜けな間諜には期待していません。ただ、可能性は色々と残しておかないとねぇ」
くすくすと都は笑い、その場を去っていったのである。
続く
次回投稿は、2/20(水)20:00です。