戦争と平和、その299~統一武術大会五回戦前②~
「いやぁ。今更ながら、目指すものが遠いなぁと思って」
「諦めるということか?」
「いいえ。でも、人間って命に限りがあるじゃない? だから、私がしっかりしているうちに、果たして全ての望みをかなえられるのかなって思ったの。
もしこの大会で、そして会議で上手くいかなかったら、おそらくは全て崩れるわ。それが何となくわかっているから、ちょっと怖くなっているのね。こんなこと、あなたに相談してもしょうがないとはわかっているんだけど」
「挑戦、ということか」
ユグドラシルの言葉に、アルフィリースはちょっと悩んで頷いた。
「そんな格好良い言葉でまとめられるものかしらね? ただの我儘、我欲って奴よ。私は今更、とっても欲深いことに気付いたのよ」
「欲は重要だ、活動するための全ての根本になるものだと考えている。私は欲を持たない傍観者だ。そうあるのが元々だったし、そうあるように努めていた。
それを変えたのはお前だ。だから責任を取れと言っている」
大真面目に言ったユグドラシルに、アルフィリースが吹き出した。
「ぷっ。それ、普通は女が男に言う言葉よ?」
「そんなことは知らぬ。もちろん私の言葉はお前との邂逅で変わったわけではない。だがお前はそれだけの影響力を持っていることをもっと自覚した方がいい。
お前が望むままにやること。それに何を迷うことがあるのか。お前の欲に期待する者はお前の周りに集まるし、反対する者はお前の敵になる。選ぶのは周囲の人間だ、責任はそれぞれが取ればいい」
「ふーん? まぁ事はそこまで簡単でもないし、夢を見させた責任はあると思うんだけどね。でも、気持ちが楽になったわ、ありがとう。
そうか、好き勝手にやる、か。まずはそのように戦ってみようかしらね」
アルフィリースは店先にあった果物を一つとった。黄色く丸い、アルフィリースが見たこともない果物である。
「これ、一ついただくわ」
「おい、売り物だぞ?」
「ツケといて。今度払いに来るわ」
「利子は高い」
「常識の範囲内でお願いね」
アルフィリースは手を振ってこの場を去っていった。ユグドラシルとの邂逅、その意味を知る者がこのアルフィリースの態度を知ったらどう思うのだろうか。間違いなく怒り、そして諭すだろうが、だからこそアルフィリースらしいともいえる。
そしてユグドラシルはアルフィリースに貸しを作ったことで、もう一度会う必要があることに気付いた。
「むぅ、これもアルフィリースの作戦の内か? 取り立てをしなければならないではないか・・・まぁ、この混沌をまずは無事に生き延びたらの話だがな。
私はからは何も言えないのだ、死ぬなよ」
ユグドラシルの言葉は既にアルフィリースには聞こえていないが、アルフィリースは考え事を続けながら、先ほど奪った果実を一口かじる。すると、アルフィリースが今まで感じたこともないほどの酸味が口の中に広がっていた。
「う~~~っ! なにこれ、酸っぱぁ! これ、売れるの? 頭は冴えるけど、酸っぱすぎて死んじゃいそうよ」
アルフィリースはぶつぶつと文句を言いながらも、酸味で冴えた頭で今後の展開を予測していた。
そして同時に、影が先ほどあったユグドラシルの印象を思い出していた。
「(はっきりと正面から意識したのは初めてかもしれないが、なんなんだ奴は・・・あの内蔵魔力の量は、オーランゼブルやライフレスなどとも比較にならんぞ? 真竜、魔人と比較しても桁が違う。あいつは・・・あんな奴がただそこにいるなど、どうなっているんだ。
おい、お前は何か知っているのか?)」
影がアルフィリースの意識の底にいるもう一人に話しかける。だが返事はなく、ただ怯えるような反応だけが感じられた。
「(おい、お前?)」
「(わからない、どうして自分が震えているのかわからない。でも、あれはダメだわ。あれはこの世に存在してはいけない・・・私とは、決して相入れないもの。それだけはわかる。
あれは、必ず消滅させなくてはダメなものよ)」
「(あれは、一体なんだっていうんだ?)」
「(それがわかれば苦労しないわ。でも、どうしてあんなものがこの世にいるのか。あれがもし敵対したら――戦争や黒の魔術士なんて、瑣末な問題に過ぎないわ)」
もう一人の怯えを影は感じとりながらも、なんとなくその感覚には共感できるところがあった。だが逆にそんな存在と平然と話し、なおかつ気に入られる様子でもあるアルフィリースのことが、羨ましくも恐ろしいと思ったのである。
***
「さぁ、アミル。今日も気合を入れていきましょう!」
「は、はい」
フェンナはシーカーの地位向上のため、今日も諸侯に遊説を行う予定だ。アルネリアの庇護の元、シーカー達は人間社会への適応のため、様々な活動を行ってきた。イェーガーへの参画もその一つとなっているし、アルネリアが行う慈善事業にも実は多数が同行してきた。
それらの実績を元に、フェンナは諸国へ売り込みを行った。高位の傭兵は士官することもあるし、諸侯から好待遇で迎えられることもある。シーカーの優れた点は、弓術、薬学、植物への知識、それに外見の美しさであろう。最後の一点を強みとすることに反対の声も多かったが、フェンナは使えるものは全て使う考えだった。
何も娼婦や男娼になろうということではない。美しさが認められ、もし有力貴族に嫁ぐものでも現れようなら、それは一族にとって有益になる。シーカーが森の中だけで暮らす時代は終わったのだ。シーカーの社会の根幹を森に置くのは構わないが、人間の社会にも溶け込む必要があると考えているだけで、そして思ったよりもシーカーへの門戸は開かれていた。これは今までの活動というだけではなく、時が経過したことでシーカーへの偏見などが薄れていたおかげもあるだろう。シーカーが自ら怯えるほど、人間の了見は狭くなかった。それも、人間とシーカーでは生きている時間が違うせいということもあるだろう。
アルネリアの後見により、フェンナは本日だけで7人の諸侯に面会を許されている。これだけ売り込む機会が多ければ、シーカーの生息圏を少しでも広げることができるはずだ。いつまでもアルネリアだけに頼るわけにはいかないのだ。フェンナは必至だったが、その傍でアミルは蒼い顔をしたままだった。
続く
次回投稿は、2/17(日)20:00です。連日投稿です。