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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その298~統一武術大会五回戦前①~

***


 アルフィリースは一人、競技場の近くを歩いていた。一人といっても、早朝ながら既に露店の準備をしている者はいるので、それなりに周囲に人はいる。朝まで飲んでいたのか酔いつぶれていた者たちも、露店でさらに迎え酒をやるか、水をもらって酔いを醒まして競技会を見学するかに分かれている。

 本当に安全な都市だと、アルフィリースは今更ながらに感心する。こうやって外で夜を明かしても身ぐるみ剥がれることもなく、また水の確保に困ることもない。

 もう昔の記憶は薄いが、自分が育った農村では、水の確保にも人手をとられることがあった。まだ幼かったゆえにアルフィリースは外での作業には駆り出されず屋内にとどめられたが、井戸が干上がった時など、若い男達が桶をいくつも担いで川まで水を汲みに行くのを見た。

 農村では学業にいそしむ暇などあるはずがなく、識字率は2割にも満たなかったはずだ。それでもまだ川が近かったせいで水源にはそれほど困ることもなく、裕福な農家は都市部の学校に行かせる余力がある者もいた。世界はそれほど優しくなく、余裕がないことを知ったのは、アルドリュースに教えられてからのことだ。

 アルドリュースの死後、旅に出た土地でも口減らしに二束三文で売られる子どもたちや、注意書きが読めずに死地に飛びこむ傭兵たち、ちょっとした干ばつで廃村となった村などいくつも見てきた。

 それらの諸問題を解決できるこの都市を動かしているのがミリアザールという魔物だと知った時には何とも言えない気持ちになったが、ああいった悲劇を回避できるのなら人間だろうが魔物だろうが、選んでいる余裕はまだないのだろうとアルフィリースは思い直した。

 自分は人間として、そしてあまり裕福でもない出の人間として、そして女として。何かできることはないかと考えてきたが、あまりに大きなものを動かすようになったという実感がある。もちろん実感があるぶん、感覚が追いついているかどうかについて、アルフィリースは常に自問自答しているのだが。


「(思えば遠くに来たものだ、なーんてことを考えるほど年老いてはいないかもしれないけど、これだけの都市を構えるにいたる存在と対等に交渉し、そして私自身が数万の人間の命運を背負っているのよねぇ。私なんかが、とか思ってしまうのだけど、もうここまで進んできたからにはやるしかないのよね)」


 かつてアルドリュースが人身位を極めようとして投げ出した時、どうしてそうしたのかと聞いたことがある。その答えはなんとなくはぐらかされてきたが、一度だけ答えてくれた。それは、


「分不相応だから」


 ということだった。あれほどの才能がありながら、そして国を動かすだけの具体的な方策と手段、力量がありながら何が分不相応なのかとアルフィリースは考えていたが、最近になってようやくその言葉の意味が分かり始めてきた。


「(分――というのは、覚悟のことだったのね。自分を信頼してくれる人間の期待に応える覚悟があるかどうか、あるいは裏切る覚悟があるかどうか。はたまた、期待に応えられなくても、それでも平気でいられるかどうか。その重圧に師匠は耐えかねただわ。

 いや――あるいはもっと自由でいたかったか。そんな重圧に摩耗するより、自由に何かをしたかったのかもしれない)」


 アルフィリースがそんなことを考えながら歩いていると、突然果実を投げつけられた。あまり勢いのない投擲だったが、真横から飛んできた果実をアルフィリースは視線すら寄越さずに捕まえた。

 それに気付いた周囲の数名は目を丸くしたが、ただ一瞬だけで変わらぬ日常が周囲に戻る。そしてアルフィリースは果実が飛んできた先を見据えると、そこには久しぶりに見る顔が静かに手を振っていた。


「ユグド」

「久しぶりだ、アルフィリース」


 思わぬ顔に、アルフィリースは進路を変えた。神出鬼没な相手だからここで出会うことにも驚くべきではないのだろうが、この時に出現することに驚きを禁じ得なかった。丁度話をしたいと思っていたからだ。

 ユグドラシルは露店を開いていた。見れば、露店には見たこともないような果実が多く並んでいる。アルフィリースは目を丸くしてそれらを見ていた。


「これは? まさか――」

「盗むわけないだろう? それも果実ばかり。労力と対価が見合わん」

「じゃあ、ナニコレ?」

「そこまで不思議そうな顔をするな。果実の貿易で少し成功しただけだ。お前が言ったのだろう、地に足を付けた生活をしろと」


 はて、そんなことを言ったかな? と言わんばかりにアルフィリースは首を傾げた。その態度に、ユグドラシルががっくりと項垂れるのが見て取れた。


「言葉に責任を持て、お前は」

「あっはは、冗談冗談。で、わざわざ私を呼び止めたからには、何か用があるんでしょう?」

「何かあるのはお前の方ではないのか? 珍しく迷ったような表情だったが」


 ユグドラシルの指摘を受けて、アルフィリースは隠せないなぁとふっと笑った。ユグドラシルが信用に値する何かをしたわけではないのだが、利害関係が現時点では全く発生していない存在というのはありがたかった。それがユグドラシルの一方的な都合だとしても、アルフィリースには本当の意味での相談相手という存在は少ない。全て駆け引き相手か、あるいは団長として強い部分を見せていないと駄目だからだ。

 心許せる相手もまた黒の魔術士なのだが、どうもユグドラシルはそれとは違う観点で物事を眺めているようだ。アルフィリースは店先ながら、心情を吐露し始めた。どうせここにいることすら、周囲には認識されていないだろうことが予想できたからだ。



続く

次回投稿は、2/15(金)21:00です。

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