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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
176/2685

沼地へ、その14~沼地の真竜~

***


 夢を見ている。


 犬を殺した。だって、殺してくれとせがまれたから。だけど、誰に?


 夢を見ている。


 友達を突き飛ばしたら、大怪我をした。だって、突き飛ばさないといけなかったから。でも、どうして?


 夢を、見ている。


 逃げ惑う男の背中から刃物を何度も突き立てた。わざと急所をはずして。いったい、なぜだったろうか?


 思いだせない。頭の中にいつも霧がかかっているようだ。思いださなければいけないのに。いつからこんな靄がかかるようになったのか。


「アルドリュースのせいよ」


 声が聞こえる。これは私の声だ。


「知ってる? あのロリコン野郎、私に気があったのよ。何度、私が眠っている時に手を出そうとしたか。いつもその度思いとどまっていたけどね。一度でも手を出してくれていれば遠慮なく殺せたのに、あの短小××男」


 そうだったかしら? そんな記憶はない。


「それなのに奴ったら、呪印で私を押さえつけて・・・ひたすらしたいこともできず、我慢するように躾けられたわ。でもアイツは死んだんだし、もう私は自由だ!」


 自由。何から?


「全てからよ! 今はもう消えるけど、覚えておきなさい。もう誰も私に命令なんてできないってことを。だって、私は――」


 何? よく聞こえない。一体何を叫んで――


***


「はっ! ・・・あれ、何の夢だったっけ??」


 アルフィリースが目を覚ます。目が覚めれば見たこともない場所。滝が何段にもわたり水を注ぎ込み、それが四方八方からアルフィリースがいる場所に注ぎ込んでいる。アルフィリースは体を水草によって固定され、ちょうど石によって区切られた場所に寝かされていた。アルフィリースの寝ている場所の足元からはまた滝のように水が流れており、アルフィリースはちょうど段々になった滝の中腹辺りに寝かされているようだった。溺れないように、頭だけはちゃんと地上に出して寝かされている。ご丁寧な事だ。

 枕にも天然の草を敷きつめ、水は程良い暖かさだった。まるで風呂に入りながら寝てしまったようだ。周囲は緑生い茂る木に囲まれ、空気も爽やか。天気も快晴、雲一つない。頭も妙にすっきりしている。ここしばらく忘れていた感覚だった。


「う~ん、私って沼地にいたんじゃ? それで蛇に食べられて・・・じゃあここは天国? まあ服も来てないもんね~。あっはは、そうか、ついに死んだか私」

「起きたか、娘」


 ふと声をかけられる。すると滝の下だと思っていた場所から、ぬっと大きな生き物が頭を出した。最初は蛇かと思ったが、頭には逆立った毛のような角があり、体は青の鱗にびっしり覆われ、その姿は明らかに蛇ではなかった。


「あー、変な生き物が見える。天国ってこんな所なんだ」

「変な生き物とは随分な挨拶だな、娘。俺の名前はサーペント。これでも真竜の一頭だぞ」

「へー、真竜なんだ。世界に数体しかいないはずの真竜が、そんなにホイホイ私の前に現れるわけないじゃない。なんだ、夢か。寝よ寝よ」


 アルフィリースはその場所にまた寝ころんで寝始めた。その様子を見て呆れかえるサーペント。


「待たんか娘。グウェンの奴も、おかしな娘に自分の一部を託すものだな。奴もトチ狂ったか?」

「あれ、グウェンを知ってるの? ま、私の夢なんだから当然か。おやすみ~」

「おい、待てと言っただろう、娘。どうもいかんな・・・治療を間違えたか?」


 サーペントが悩み始める。その姿がちょっと滑稽だったので、アルフィリースは話を聞いてみることにした。


「じゃあなんで私はこんな所に素っ裸で寝ているのか、説明してもらいましょうか? ・・・って、素っ裸?」

「うむ、服は着せておくと濡れてしまうから脱がせたぞ。心配するな、ちゃんと洗って畳んである」

「それはご丁寧にどうも・・・じゃない!」


 アルフィリースがその辺の石を一つ掴んでサーペントに投げつけた。それが見事にこめかみ周辺に当たる。


「ぐお!? 娘、何をする?」

「それはこっちのセリフだあ! 乙女の裸をなんだと思ってるのよー!?」

「知るか! だいたい竜が人間の裸に興味があるはずが・・・」

「うるさいうるさい! もう私お嫁にいけない~、うわーん!」

「なんともかしましい娘だな・・・」


 アルフィリースがべそをかき始めたので話もまともにできず、とりあえずサーペントはアルフィリースの服――といってもアルフィリースは起寝ていた時の恰好で、ほとんど下着同然だったが――を持ってきて、着るように促した。そしてアルフィリースが服を着ると、自分と頭の高さが合うような高台に導く。


「さて、改めて自己紹介しよう。俺の名前はサーペント。この沼地に住んでいる真竜の一頭だ」

「私の名前はアルフィリースよ。先ほどは取り乱してごめんなさい」

「うむ、俺こそ強引な方法でこちらに連れてきてしまったからな。誘惑の魔術で幻惑し、口の中に入れて連れてきたのだから混乱しても無理はない。ましてあれほど魔力を使った後ではな。遠く離れていても感じたぞ」

「どうして私をここへ?」

「もっともな疑問だ」


 サーペントは頷いた。


「実はフェアトゥーセから連絡を受けてな。重症の娘がいるから助けてくれと。それがグウェンの匂いを纏う娘なのだから、多少驚きはしたが」

「グウェンの?」

「うむ。奴と、俺と、もう一人天空竜マイアという真竜は幼馴染だ。グウェンが一番年上ではあるが、我らは親友だよ。もうしばらく会っていないが、それでも50年に一度は一同に会するな。そのグウェンの匂いがしたものだから、思わず動きを止めてしまった。貴様達は驚いただけかもしれんが、他の者もいたし、そこで声をかけるわけにもいかずその時は去ったが。だがこうして話せたのも、グウェンの導きだろう」

「あの時ね」


 沼人の船で移動していた時を思い出す。その時にアルフィリースは巨大な生物に見られた気がしたのだが、どうやら勘違いではなかったらしい。真竜というのなら、どこか懐かしいと思ったのも納得ができる。グウェンドルフに雰囲気が似ていたのだ。


「その小手だな。アルフィリースはなぜグウェンの牙を持っているのだ?」

「旅に出るときに餞別代りにもらったの」

「ほう・・・グウェンがそのようなことをするとはな。詳しく聞いてよいか?」

「いいわよ」


 アルフィリースはグウェンドルフとのいきさつを詳しく話した。アルドリュースの事、グウェンの頭の上でよく遊んだこと、鱗を一枚引っぺがしてアルドリュースと一緒に謝りに行ったこと。サーペントはその話に驚き、目を丸くしながら聞いていた。


「ふむぅ、随分とアルフィリースはだいそれた人間だな」

「そうかな? まあグウェンは優しいからね。甘えてただけかも」

「そなたには特別かもしれんがな。何せ奴はその昔『破壊竜』と呼ばれ、真竜の一族でも札付きの暴れ者だった。俺達幼馴染以外は恐れて近寄らなんだよ、昔はな。それが今では真竜の長だ。変われば変わるものさ」

「へぇ~意外だわ。でもそんなに偉いの、グウェンって?」


 今度はアルフィリースが目を丸くする。


「まあ『新世代』の方だがな。旧世代の真竜―-古竜は、既にどれもこれもが眠りについている。だからグウェンは誰かの子を預かっていなかったか?」

「む、そういえば卵を温めていたような・・・オスのくせに変だなとは思ったのよ」

「そうだろう。真竜の長は新しい命の誕生を見届け、名付け親になるのが仕事。また長の元が一番親竜としても安心なのだ。出産直後はかなりの力を消耗するため、真竜ですら無防備だからな」

「でもお父さん竜がいるんじゃ」

「真竜の出産は一大行事なのだよ、アルフィリ-ス。つがい共々、出産後数年は動けん。だから卵はグウェンが温めるのさ」

「なるほどね。そういえば私も、卵を抱かせてもらったなぁ~」

「それは・・・まあよいか」


 ちょっとサーペントが言葉を濁したが、アルフィリースにはどういう意味かわからかなった。


「で、フェアトゥーセがなんだってサーペントに?」

「おお、奴と俺は懇意にしていてな。奴から頼まれたのだよ、自分ではどうしようもないから何とかしてくれとな。不思議な娘だから、死なせてくれるなと。それでここに連れて来たのさ。ここは俺が浄化を続ける土地でな。沼地の泥は必ず一度ここを通るようになっている。そこで流れてきた泥を俺が清浄にし、それから他の土地に流れていくようにしているのさ。ここの水を使えば、アルフィリースの汚染も弱まるだろうと思ってな。要は、俺は水の管理者と言うところだな」

「へえ。それは知らなかったな」


 そういえばエアリアルが、大草原の水はとてもきれいだと自慢していたことがある。妖精が多いから自浄作用が強いのだろうということだったが、ユーティの話を聞く限りでは、水の精霊はほとんど大草原にはいないようだった。となれば、サーペントがいてこその水の浄化なのだろう。アルフィリースは素直な感心と感謝をサーペントにした。


「ここには周囲と比べて低くなっていてな。集まるのは水だけではなく、重い物、つまり良くない空気や負の感情やなどといったものも呼び寄せやすい。ここが駄目になると、中央街道とかいう場所はもっと荒んだ場所になるだろうな」

「そうなんだ?」

「うむ、中原の水源はピレボスの雪解け水だが、中央街道の周辺一帯はここが水源だ。さらに東の国家群はロックハイヤー大雪原からの水のようだな。まあ、俺もここに住むようになってから知ったことだが」

「じゃあサーペントがいないと、中央街道はやっていけないのか・・・ありがとう、サーペント!」

「何だ急に?」

「ううん、素直に感謝しているの。私が知らない所でそんな恩恵があったなんて、今までちっとも知らなかったから」

「むぅ。まあ俺が好きでやっていることだからな・・・だが悪い気はせん」


 サーペントも最初は面喰ったが、礼を言われること自体は好きなようだった。ちょっと照れくさそうではあるものの。


「さて、体調はどうだ?」

「もうすっかりいいみたい! どうしてあんなに私イラついていたんだろう・・・?」


 アルフィリースが腕を見ると、あれほど腕全体を侵食していた呪印は、すっかり小さくなっていた。すっかり旅を始めたころの状態に戻っている。


「さてな。とにかく、そのアルドリュースとやらが施した封印から漏れ出ていた邪念は、全て流された。その呪印が無理に蓋をしていたのも、悪かったのかも知れん。これからは上手くその呪印と付き合うことだな」

「そっかぁ。でも当時はどうしようもなかったのかも」

「まあ俺も専門的な知識があるわけではない。そのアルドリュースとやらは、何も方策を残していないのか?」


 サーペントの問いは尤もである。だがアルフィリースは遺言で「東の都市べグラードに行き、ハウゼンという男を訪ねるように」としか言われていない。それが何を意味するかは、全く持ってわかっていなかった。


「うーん、一応べグラードってとこを訪ねるように言われてはいるけど」

「べグラード、べグラード・・・なるほど、それは良い手段かもしれん」

「何か知ってるの?」


 アルフィリースがサーペントの様子を見て、問いかける。


「いや、予想しただけだ。行けば分かることだよ」

「なによぉ、ケチ!」

「そういうな。それよりそろそろ戻らなくていいのか? お前は実に丸一日寝ていたのだぞ?」

「えっ、そうなの!?」


 思わぬ時間の経過にアルフィリースは驚いた。まさか丸一日寝ていたとは思わなかった。彼女はあの後夜が明けたくらいに思っていたのだ。


「うむ。フェアトゥーセの奴は沼地の出口で落ちあえば良いと言っていたから、そこまで送ろう。俺の背の上に乗るがいい。ここからなら、明け方にはつくだろうよ」

「まだ日は高いのに・・・」

「沼地の広さを舐めてはいかんな。ここは最短距離を突っ切っても、100kmはある土地だ。普通に人間が歩けば、ジグザグな道を辿ることになるから一カ月はゆうにかかる。一日で出口まで行けるのだから、感謝してほしいくらいだ」

「それもそうか。ごめんなさい、ワガママ言って。助けてもらったくせにね」

「構わん。グウェンが小手を託すほどの娘なら、俺も何かしてやらねばなるまいよ」


 サーペントがややしたり顔で述べたので、少しアルフィリースは笑った。だがサーペントの所まで歩いて行こうとして、ふと足が止まる。


「どうした?」

「私・・・皆にひどいこと言ったり、あげくにはミランダを傷つけたわ。許してくれるかしら・・・?」


 アルフィリースが項垂れる。その様子を見て、サーペントもどうしたものかと一瞬思案したが、ここでアルフィリースを連れていけないと、フェアトゥーセにどんな顔をされるかわかったものではない。


「ふむ、それは難しい問題だな」

「ねぇ、私どうしたらいいと思う? どうしたら許してくれるかな?」

「俺に聞くな。だから彼女たちに聞けばいいのではないか?」

「え?」


 アルフィリースがキョトンとしている。


「どうもお前は自分一人で答えを出そうとし過ぎる。そんなことは向うに聞けばいいのだよ。その結果許されないこともあるかもしれないが、そうでもないかもしれないだろう? 一人で悩んでも始まらんさ」

「なんか楽天的ねぇ」

「だが事実だ。どれほど楽しいことも、気持ちが沈んだ時に考えれば面白くなくなるだけだろうし、逆に全く楽しくない時でも、天にも昇る心地で行えば楽しくなるだろう」

「そうかなぁ?」

「そうともさ」


 アルフィリースが腕組みして少し考え込んだが、やがて納得したようだった。


「よし、じゃあそうしよう! ありがとうね、サーペント」

「まあ力になれたのなら何よりだ。それでは俺の背に乗るがよい」

「ここ?」

「いや、そこはどう考えても頭だろう」

「えー? ここが乗り心地が一番いい!」

「ぐっ・・・よくぞ兄者はこの娘の相手を何年も務めたものだ・・・」


 そしてサーペントがアルフィリースを乗せて動きだそうとしたとたん、どこかで悲しげな泣き声が聞こえた。


「クオオオオン」

「あれは?」

「ルージュか・・・」


 その泣き声を聞いた瞬間、サーペントの瞳が悲しみに曇る。


「すまん、アルフィリース。少し寄り道をしても良いだろうか?」

「私に反対する権利はないわよ」

「うむ」


 そうしてサーペントは頭の上にアルフィリースを乗せて、その場を去ろうとした。その刹那、サーペントはアルフィリースが寝ていた場所よりさらに下流をちらりと見る。その場所の水は、漆黒に濁っていた。


「(最後まで気づかれなくて済んだが・・・実はアルフィリースが寝ていたのは5段の滝の上から2段目。以下の3段は、アルフィリースから漏れだす呪いのせいで、水が完全に変色してしまった。その度1段ずつ上に寝かせ変えていたのだが・・・これほどの呪いがたった1人の人間の中に詰まっていようとは、一体どうなっていたのだ。

 これほどの呪いに蓋をしたアルドリュースとかいう男も大したものだが、それだけのものを内包できるこの娘もまた大したものよ。良いことかどうかはわからんが、グウェンドルフ、フェアトゥーセが気にかけるのもよくわかる。果たしてこの娘は何者なのかな。まあ俺には関係ないことだし、真竜は通常なら人間に関わるのは禁忌だからな。それを長自らが破るとはグウェンの兄者め、どういうつもりなのか今度会ったら問いただしてやる)」


 サーペントが内心でそのような事を思っていることを、アルフィリースは気づくべくもなかった。



続く


次回投稿は4/11(月)18:00です。

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