戦争と平和、その297~会議九日目、朝⑧~
「あくまで可能性の話だ。だが、俺にはシェーンセレノと組む利が今はある。もちろん信用など、はなからしていない。ゆえに、現状を壊す意義は見つからんな」
「そんな――」
「そう青い顔をするな、女。後はお前たちと組む利があるかどうかだな。お前達が俺たちに示せる利とは何か」
スウェンドルの問いに、都が一層気を引き締めた。話を聞いてもらえない可能性があったところから、ここまで会話を引き出した。ここまでは成功である。後は、スウェンドルの協力を得られるかどうか。
都は失敗すれば死ぬ覚悟で任務に臨んでいる。だが恐れていることを気取られぬように、一息にスウェンドルに利を説いた。
「我々と組む利はもちろんあります。アレクサンドリアの欠点とは、あまりにディオーレに全てが依りかかっていること。つまり、二方面からの作戦に対応が不可能ということです」
「つまり?」
「そちらがアレクサンドリアに進軍した場合、我々は東側の海岸から攻め寄せる準備があります」
都のその言葉に、スウェンドルの口元が綻んだ。そして膝をぱん、と打つと、今までとはうって変わって晴れやかな返事をしたのだ。
「よかろう。そなたの条件は承った」
「では・・・」
「同盟を結んでもよいと申したのだ。書面の準備はあるか?」
「は、はい。ここに」
都は懐から書面を取り出した。そこにスウェンドルは親指の腹を歯で軽く裂くと、拇印を押した。書面は浄儀白楽の名を筆頭に書いてあったが、それらもまたスウェンドルはちらりと目をやったくらいで、内容も一読しただけで終え、書面を閉じていた。
その思い切りによさに都の方が目を丸くしていたが、あえて藪をつつくような真似はせず、何も言わずに書面を受け取った。
「では詳しい打ち合わせなどは、後日また――」
「お前を介して行うのか?」
「はい、ここまで深く誰にも気取られずに動ける人材は私くらいでございます。不都合がございますか?」
「いや、よかろう。だが帰る前に、天幕の周囲に仕掛けた発破はちゃんと回収していけ。何かの拍子で爆発されては、ちと騒々しい」
「これは――」
都が気恥ずかしそうにくすりと笑ったが、これにはオルロワージュがぎくりとした。中にいる我々にも周囲の警備にも気づかれずにそれだけのことを仕掛けるとは、大した女である。それに、交渉が上手くいかなければ最悪自分ごとここを爆破するつもりだったのだ。恐ろしい女だと、オルロワージュも思わずにはいられなかった。
そして都が去ろうとした直前、スウェンドルが再び問いかけた。
「おい、女」
「なんでしょう?」
「貴様の本当の主人は誰だ? まさか浄儀白楽だとは申すまいな?」
「私は長らく清条詩乃の従者でございました。討魔協会に忠誠を誓ってはおりますが、それが全てでございます」
都の瞳をスウェンドルはしばし測るように見据えていたが、やがてふんっと鼻で不機嫌そうに笑うと、都は恭しく礼をして出て行った。
都が陣から完全に出て行ったという報告があってから、オルロワージュが口を開いた。
「随分と肝の据わった娘でしたわね。スウェンドル様と交渉をするなんて」
「覚えておけ、オルロワージュ。あれは覚悟の決まった者の目だ。ああいう手合いが一番怖い。密約などは建前、おそらくは俺を始末することが目的だったろう」
「え? まさかそんな大胆な」
「いや、最初は間違いなくそのつもりだったはずだ。最悪、上手くいかなければ自分の命と俺たちを始末することも考えていただろうが、俺を直に見て考えを変えた。自分の力量ではどうにもならぬことをいち早く悟り、説得に切り替えた。恐ろしいのは、そのための策を既に準備していたことだ。
あれは自分の意志で動いている。主が誰とかは関係なく、自分が自分の主に相違ないことを一番わかっている。いわば、奴も本来は王の資質を持つ女よ。それを仕えさせる主が最も恐ろしい。
あれの本当の主が誰かわからん限り、迂闊には仕掛けん方がいいだろうな。狙いも曖昧なことだしな」
「狙い。討魔協会のですか?」
困惑気味に答えるオルロワージュに対し、スウェンドルが自嘲気味に笑った。
「東の大陸に住む、全ての者だ。どうやら、まだこちらの大陸の方が素直かもしれんぞ?」
スウェンドルは首を傾げるオルロワージュをよそに、一人楽しそうにゆったりとベッドに寝転がったのだった。
続く
次回投稿は、2/13(水)21:00です。