戦争と平和、その296~会議九日目、朝⑦~
「単刀直入に申しましょう。この会議をぶち壊していただけませんか?」
「・・・面白いことを言うな。既に十分かき回したと思うが?」
「かき回しただけで、結局のところあなたの思うがままにまとまっているのではありませんか? シェーンセレノとは既に密約が出来上がっていたのでありましょう。
シェーンセレノと共に、名目として合従軍を興す。そして途中で裏切る。その筋書きで間違いございませんか?」
スウェンドルの目が俄かに鋭さを帯びた。だが都も普段のへらへらとした態度は消え失せ、スウェンドルの気迫に負けじと睨み返す。
そして都はさらに詰め寄ろうとしたところ、遮るようにスウェンドルが身を乗り出した。
「続けろ、女。どこまで予測している?」
「そうですね・・・これは私見ですが、合従軍は建前。ローマンズランドとしては、おそらく大規模に軍を興す名目が欲しい。ローマンズランドは衛星国に囲まれる形で存在し、どう軍を動かしても衛星国の資源を食いつぶすため、世論で非難を受けるのが難点。眠れる獅子は動かないのではなく、動けないといった方が正しい。
ローマンズランドの特産といえば鉄鉱石、化石燃料ですが竜の飼育で慢性的に食料が乏しいのは周知の通り。ですが、近年では鉄鉱石と化石燃料に関しても産出が枯渇しているのでは? だから、ローマンズランドは無理を承知で討って出ざるを得なかった。そして資源がない国の戦争の方法は、短期決戦一択。長期戦に持ち込まれれば、ローマンズランドは飢えて滅びる。
だから合従軍を興させ、ある程度各国の戦力をひとまとめにし、潰す。そして各国の状況が整わないうちに、大陸の一定範囲を支配する。こんなところでしょうか」
都の話をスウェンドルはじっと聞いていた。あまりに何も反応がないので、語った都の方に焦りが出始めていた。スウェンドルの次の反応はどうなのか。都が内心でびくびくしながら待っていると、スウェンドルはゆっくりと背筋を伸ばした。
「――面白い発想だ。だがいかに俺が傍若無人とて、呼びかけた合従軍を裏切れば、戦争責任は必ず追及される。それに関してはどう思うのだ?」
「請求する存在がなくなればいいのでしょう。アレクサンドリアとアルネリアがなくなってしまえば、実力でローマンズランドに物申せる国は事実上なくなります。グルーザルドは遠すぎるし、人間社会での発言力に乏しい。大陸の東部の国々はただでさえ連携があやしいところに、シェーンセレノの出現で連携がガタガタです。
それに仮にアレクサンドリアとアルネリアが存在したとて、ローマンズランド本城を陥落させるだけの戦力が本当にあるのですか? 合従軍が興せるのは、農閑期の季節だけ。常備軍だけで起こせる合従軍は規模に乏しく、また冬になればローマンズランド国内に留まるのは寒冷と飢えで自殺行為。半年で陥落する王城ではありますまい」
「確かに我らが都は難攻不落ではあるが」
スウェンドルが面白そうに都を見た。威嚇するような鋭い目つきから、品定めするようにじろじろと都を眺めている。
「それが当たっているとして、我々の軍の進路はどう読む?」
「通常であれば北の街道に出て、ミーシアに出るのが王道でしょうね。ミーシアは街道が整備されている街の拠点なので、軍を動かしやすい。だが一方で、守るに難い。平地かつ整備された街道の三方向以上から攻め立てられれば、守るのが難しい土地です。
商業連邦を抜けてターラムに至れば一気に中央の諸国を落とせる可能性もありますが、ターラムに抜けるまでに天嶮の要塞であるカダルフィ渓谷を抜けねばならず、数万の軍で一年以上粘られる可能性が高い。仮に突破してターラムに出ても、アルネリアとの距離が近く、後詰をされる可能性は必至。これも上手くない。
ならば東に出るのが一番でしょう。間にある紛争地帯を抜ける方法があるのなら、アレクサンドリアを一直線に陥落させるのが一番早い。まして合従軍にディオーレが参加するのなら、アレクサンドリアの防御はチーズのように脆いでしょう」
「なるほど、面白い発想だ。お前は参謀の心得があるのか?」
「いえいえ、優秀な男を支えるただの女の嗜みですとも」
微笑みながら答える都だが、背中では汗をびっしょりとかいていた。目の前にいる者が王であることだけでない。スウェンドルからは、不思議と浄儀白楽にも似たような圧力を感じていたのだ。飾りの王ではなく、相応の実力を備えている。自堕落な様子なのは、おそらくはそのふりだと、都は推察していた。
もし実力行使で来られたら、都に逃げるすべはない。先ほど必要に応じて脅せるように間を詰めたら、先に間合いを潰された。それだけでも相当の武芸の心得があることがわかったのだ。
そしてスウェンドルの傍に控えるオルロワージュが、そんな都の虚勢を見抜いたかどうか、くすりと笑ったのである。
都がぴくりと反応すると、スウェンドルが質問を続けた。
「で? それらは全て机上の空論に過ぎぬ。確かに俺がその通りに動けば、ローマンズランドは食糧自給の問題を解決できるかもしれぬな? が、もしそうなら俺がこの会議をぶち壊す意味があるまいが」
「いいえ、ございます。シェーンセレノが信用ならないからです」
「まさか、それも推論だとは申すまいな?」
「いえ、証拠がございます」
都が差し出した書簡を受け取り、目を通すスウェンドル。その目付は興味深そうに、文面をじっくりと追っていた。
「ふむ・・・なるほど、これは信用ならんな」
「はい。シェーンセレノ側の国家に、賄賂が『少なすぎ』ます。人間とは欲と利で動くもの。現体制に逆らう利が少ない以上、欲で動く人間をかき集める必要がありますが、それすら動いた形跡がない。
仮にシェーンセレノが大層なカリスマを持っていたにせよ、あまりにも短期間で人が彼女になびきすぎる。こうなると、人間を魔術で操作している可能性が出てきます。そのような連中が大陸の主導権を握ればどうなるか。想像には易いでしょう」
「魔術でない可能性もあるがな」
「たとえば?」
「そもそも、全員が元の人間とすり替えられている、とかな」
突拍子もない発想に都が目を丸くした。その表情を見てスウェンドルがふっと笑う。
続く
次回投稿は、2/11(月)21:00です。




