戦争と平和、その295~会議九日目、朝⑥~
「これは?」
「アタシとユーウェインちゃんをつないでた、へその緒」
意外な単語に、詩乃は小箱をとり落としそうになる。
「な、な、なんてものを」
「別に驚くことじゃないでしょう? 人間だって記念に保存しておくものだと聞いたし、魔術的にも良い触媒になるわぁ。動揺しなさんな」
「私は方術師です!」
「呪いを扱うって意味では、共通点はあるでしょう? どっちにしてもそれを使えば追跡はしやすいはずよぉ。使い方は任せるわぁ」
詩乃は小箱を見下ろし、じっと考えていた。確かにこれがあれば追跡はできるだろう。だがその結果は――
だが詩乃の懸念すらブラディマリアが言い当てる。
「そこまで構えなくてもぉ、多分ユーウェインちゃんは死んでるわねぇ。アタシが来ていることは執事ならすぐにわかることだし、音沙汰がないのは変なのよねぇ。むしろ顔を今更のこのこ出したらアタシが縊り殺してやるわぁ。
ただこの都市全域に向けてセンサーを放つわけにもいかないし、念のため確認したいだけなのぉ。言ったでしょ? これでも気を使ってるって」
確かにこんな場所で魔物に広域なセンサーを打たれれば、余計な波紋を招くことは必至である。
ミリアザールは再度詩乃に顔を近づけると、囁くように告げた。
「誰かに媚びを売るなら、アタシに売っておいて損はないわよぉ? お前は人間にしては気に入っているっていうのは本当。仮に世界中の人間が死ぬことになったとしても、お前と白楽様だけは生かしてしてあげる」
「・・・ティランの番として、ですか?」
詩乃の言葉に、ぎらりとブラディマリアの目が光った。
「身の程をわきまえていて良いことよ? でもお前を気に入っているのは本当だわ。アタシには息子はいても、娘はいない。意味がわかって?」
「勢力が二つ出来うるから、でしょうね」
「その通り。そのアタシが義理とはいえ、娘を迎える。お前以外には考えていないつもりよ? もっともティランの奴隷としてなら他の娘でも考えないではないけど、意志を残すのならお前以外にはないわね。
光栄に思いなさい?」
ブラディマリアの瞳はまっすぐで他意はない。だからこそ、やはり詩乃は恐ろしかった。人間など、地べたを這いずる虫程度にしか考えておらず、はなから見下している。生きていても構わないが、何かの拍子で殺しても全く問題のない相手なのだ。
詩乃は返答に窮したが、頭を最大限に回転させて問題のない返答を探した。
「・・・お話は確かに光栄ですが、どのみちティラン殿にはまだ早いでしょう。ティラン殿が成長し、私を望まれるのならその時に考えた方がよいでしょう」
「ふふ、上手くかわしたわね? でもアタシもそうだけど、魔人は一度気に入った相手を死ぬまで離すことはない。ティランがそなたを気に入っているのは間違いないわ。
そしてティランが成人並みの体躯に成長するまで、あと2年もかからないわ。人間のようにゆっくり成長することはない。楽しみにしていなさい、それまで誰の物にもならないように。いいわね?」
ブラディマリアがくすくすと笑うのを背に聞きながら、詩乃は目が眩む思いでその場を後にした。
***
「王よ、謁見の申し出がありますが」
天幕でくつろぐスウェンドルの元に、近衛が謁見を取り次ぐ。昼間は見た目上カラミティの虫は配置されていない。そのため他国の使者から謁見の申し込みが来ることがあったが、それらは全てヴォッフやアンネクローゼに対応を任せていた。
スウェンドルのやることといえば、オルロワージュと楽しむことくらいである。度々アンネクローゼからは諫言があったが、それらを適度に追い払うのが日課となっていた。その自分のところに謁見の申し出があるとは、いかなることか。
逆に興味を引かれてスウェンドルは身を起こした。
「アンネクローゼとヴォッフはいないのか?」
「それが・・・」
「それがですねぇ、直接こちらにやってきたものでぇ」
ややふざけた口調の声が兵士の背後から聞こえた。そして近衛が倒れると、その後ろにフードで顔を隠した女が立っていた。天幕の入り口からは衝立で中は見えず、崩れ落ちた近衛を素早く見えないところに突き飛ばすと、女は滑るようにスウェンドルの前に進み出た。
刺客か、とオルロワージュがスウェンドルの前に進み出て、その身を庇うようにした。が、スウェンドルはその肩をぐいと押しのけ、自らその刺客の前に進み出たのである。
「面白い女だ。何者か」
「討魔協会所属、従四位。式部都にございます」
「従四位となると、地方であれば封土があるな。それなりの身分の者ということか。正式な使者としても来れるだろうに、密談か」
「えへへ、さすが賢王スウェンドル。お話が早い」
都は片膝をついて臣下の礼をとると、話を始めた。
続く
次回投稿は、2/9(土)21:00です。




