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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その294~会議九日目、朝⑤~

***


「ねえ、詩乃。一つ頼まれてくれるかしら?」


 朝の開口一番、窓枠から外を眺めていたブラディマリアが詩乃に声をかけた。命令ではなく頼み事、と言われて思わず耳を疑った詩乃がきょとんとしていると、ブラディマリアが意地悪そうに笑う。


「何かしら? アタシがあなたに頼みごとをするのがそんなに珍しい?」

「いえ、いつもの口調ではなかったもので。あまり茶化す場面ではなさそうですね?」

「聡い女は好きよぉ、詩乃。でもさかしすぎるのは考え物だけど?」


 ブラディマリアの何の気ない言葉で、詩乃は臓腑を抉られるような感覚を覚えた。詩乃も腹に一物ないわけではない。だがそのことをブラディマリアが知っているとは思えない。ブラディマリアには細かい姦計など必要ないからだ。詩乃が何を企もうが、ブラディマリアにとっては知ったことではないだろうし、取るに足らない些事だと考えているだろう。

 無意識の言葉に違いない――詩乃は自分に言い聞かせながら、問い返した。


「そこまで賢しくなれるほどそもそも頭が良くありませんよ。私のアルネリア留学中の成績をお聞かせしましょうか?」

「それもちょっと面白そうだけど、こっちの案件は真剣なのよねぇ。実は、息子の一人と連絡が取れなくって」


 息子――つまり、執事たちのことかと詩乃は理解する。ブラディマリアは人間がいくら死のうと眉一つ動かさないだろうが、自らの血肉を分けたともがらは別である。特に自らが産んだ精鋭たちを執事と呼称するが、彼らを害することは即ブラディマリアの怒りを買うことに等しい。

 現に、ミリアザールを目の敵にするのも、複数の執事を彼女が討ったからだと教えられている。これはミリアザールからも、ブラディマリアからも聞いたことだった。

 詩乃は間違えれば自分の首が飛ぶことも考え、慎重に言葉を選ぶ。


「息子殿――はこのアルネリアに潜入をされていたのですか?」

「そうよぉ。ちょっとミリアザールの動向を掴んでおきたくてねぇ。水に擬態できる子だし、ドゥームほどではないけど水の汚染もできるわぁ。城塞都市としてのアルネリアの厄介な点は、水資源の豊富さということは知っているかしら?」

「いえ」

「正直、以前の結界だけなら強引に破けなくもないし事実そうしたけど、今の結界を破るのはちょっと骨ねぇ。時間をかければ破れるけど、その間にミリアザールなら何らかの策を講じるでしょう。

 それなら地下から掘り進むってのも考えられるんだけど、アルネリアの地盤は固くて、普通の方法では掘り進めないわぁ。これを解決すべくアノーマリーが採掘屋ディッガーなる魔王を研究していたんだけど、あいつ死んじゃったしぃ?

 それに地下を聖別した水で満たしているのも、地盤や結界の強化に役立っているようなのよねぇ。ドゥームのような悪霊や死霊だけでなく、魔人にも聖別した水は効果があるわぁ。この都市は、私たちと決戦をすることを想定して作られた都市なのよぉ」


 言われて詩乃ははっとした。確かに深緑宮は聖水で満たされていたが、聖水が通常の魔物に効果があるとは限らない。それがどうしてここまで徹底して施されているのかと考えていたが、ミリアザールは魔人の襲撃、あるいはその配下の侵入を防ぐために構築していたのだ。

 かつて一瞬疑問に思ったことはあるがそこまでの意図を考えたことがなく、あらためて詩乃は自らの不明を恥じていた。

 ブラディマリアは続ける。


「だからねぇ、詳細な水路の地図を作製することと、水源の汚染をアタシの息子のユーウェインちゃんにお願いしていたのね? それに下水まで完備したこの都市なら、水の流れない場所はないだろうし? 情報収集をするのは簡単だと思ったのよねぇ~。

 東の大陸に留まったせいでユーウェインとは連絡が取れなかったんだけど、アタシがここについてきたのはユーウェインと直接やり取りするためでもあるのよねぇ。それがシュテルヴェーゼのババアが千里眼を使って数呼吸とこちらから目を離さないせいで、動くこともできないのよぅ。

 だからね、アタシの代わりに、お・ね・が・い」


 ブラディマリアは可愛らしくお願いしてきたが、内容は全く可愛くない。見張られているのはブラディマリアだけではない。この使節団そのものが多数の者に見張られているし、その監視網をかいくぐってブラディマリアの潜伏した息子と接触するなど、困難極まりないことだ。

 方法がないわけではない。だが安請け合いしてよい案件でもない。詩乃が返事に澱んでいると、ブラディマリアがいつの間にか詩乃の膝の上に顎を乗せて甘えるように圧力をかけていた。


「方法ならあるでしょお? アタシは無理なお願いはしていないわぁ。それとも方法を言わなきゃダメ?」


 詩乃は息を飲んだ。おそらく、詩乃の考える方法をブラディマリアは既に理解している。もっともその通りなのだが、今はまずい。

 だが詩乃が打開策を考えるより早く、ブラディマリアがそっと耳打ちをしていた。


「式部都を使いなさぁい。今ここにいないのは、白楽様には秘密にしてアゲル」


 詩乃は心臓をわしづかみにされたかのようにどきりとしたが、その詩乃の耳に息を吹きかけ、ブラディマリアは身を引いた。

 そしてブラディマリアは一つの小箱を詩乃に投げてよこした。慌ててそれを受け取る詩乃。



続く

次回投稿は、2/7(木)21:00です。

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