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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その293~会議九日目、朝④~

 そして凄まじい速度で書類の山に目を通し決済の印を押すと、押さなかった書類にペンで印をつけて楓に戻した。


「ほい、これをそれぞれ作成者に戻して。書類の不備があるから決済は明日以降ね」

「え・・・もう目を通したのですか?」

「そうよ? アタシ、とってもできる女だから。普段はそれっぽくないかもだけど」


 ミランダはウィンクをすると、パンの残りをほおばった。頬を膨らませながらパンをほおばる姿はできる女とは程遠い気がするが、楓は呆然としてミランダが印をつけた十数枚の書類を見た。細かな文字が羅列してある書類は計算が必要なものもあり、楓では一瞥しただけでは意味のわからないものも多いが、それをパン一つほおばる間に全て間違いまで指摘するとは。

 ミランダがかつて高度な学問をアルネリアで修めたことも聞いてはいるが、アルフィリースといいミランダといい、学問を修めると皆こうなるのか、楓には理解できなかった。

 そしてミランダはパンを飲み込みコップ一杯の水一気飲みすると、椅子にかけてあった外套を纏い立ち上がった。


「さて、と。そろそろ会場に行きますか。今日のお供は桔梗ね。楓はその書類を通達後、アルフィリースとの連絡役に徹しなさい」

「は? しかし私は――」

「あなたはミリアザール様を含め、各所との連携役に徹しなさい。アタシの傍仕えはやらなくていいわ。これからは桔梗を専従にするし、もう一人雇う予定なの。そうなのね、桔梗?」

「はい。実務能力に長けた人材をお探しとのことでしたので、一人連れてまいりました。負傷にて一度引退された方ですが、戦闘ではなく補佐としての書類仕事ならば問題ないかと。

 ちょうど呼んであります。通しますか?」

「そうね」


 ミランダの了解がえられたので、桔梗は部屋の外で待機させていた人物を中に通した。その顔には楓も見覚えがあったのだ。


「この方は――確か」

「知っているかしら? グローリアの教官であるハミッテ殿。かつては梔子候補とも呼ばれ、その頃の名をゆずりはと呼ばれた、我々の先輩にあたる方よ」

「ハミッテと申します。先日は聴取で何度かお会いしましたね?」


 ハミッテはグローリアに務めていた頃の教官服ではなく、深緑宮勤めのシスター服に変えていた。髪を隠ししているだけでなく、どこか表情も穏やかなせいで以前と印象が異なるが、楓を見た時の視線に刺すような鋭さがあることがわかり、確かにグローリアの小火騒ぎで職務質問をした相手であることに楓も気付いた。

 結局、あの事件の調査はカラミティの分体が何らかの理由でグローリアを襲撃し、そしてハミッテが撃退したとのことで片がついた。カラミティの分体を引退した口無しが単独で始末できるのかと楓は疑問に思ったが、梔子、ミリアザール共に、


「杠ならできてもおかしくはない」


 とのことだった。加えて梔子の話では、


「純粋な戦闘能力では私よりも随分と上だったが、ゆえに激務が多く、最終的に重傷を負い名誉の引退となった」


 とだけ告げられた。どうにもそのような事実はなさそうなのだが、口無しの任務は文書として残されないため、過去に何があったかは口伝でしかわからず、また梔子と同世代の者はほとんど全てが引退してアルネリアから去っている。真実は梔子とミリアザール、そして杠本人しか知らないのだ。

 楓はその後も正確な事情を聴くためにハミッテを何度か訪問したが、ハミッテはその後戦闘の疲労からなのか、何日か熱を出して寝込んでいたようである。どうやらそれなりに重態となる熱病に罹患していたらしく、カラミティによってもたらされたものだろうと推察された。そして発熱が収まると、戦闘前後の記憶を一部消失していることが分かったのである。

 アルネリアの僧侶たちの見立てであるのでこれ以上楓も追及はできず、事情聴取は打ち切られた。だが楓が気になるのはそこではない。ハミッテが最初に自分を見た時のはっとしたような視線と、その後の口調を覚えている。一度も視線を上げず、その口調に確かに憎悪のような感情を感じた気がするのだが、やはり今の視線にも同じような感情が込められていた気がしたのだ。

 気のせいか、それとも大司教との面接だから緊張しているからなのか。恨まれるようなことはないはずだ――楓は戸惑いながらもその場にこれ以上いる理由がなく、一礼してその場を去った。どのみちミランダ専従でないのは確かだし、各所との調整は本来の仕事なので、断る理由もない。

 そして楓が去ると、ミランダがハミッテを見た。


「さて――杠であったころの功績は調べてあるわ。これだけの功績と実力があれば、間違いなく梔子になったはずだけど、そのあたりの事情を聞いてもいいのかしら?」

「はい。あまり気持ちの良い話ではないかもしれませんが」


 ハミッテは一通りの事情を話した。その内容を桔梗も聞いていたが、ミランダは無表情で一通り聞き終えた。


「――なるほど。ではさぞかしこの深緑宮はやりにくいでしょうね。むしろアルネリアから遠ざけた方がよいのかしら?」

「いえ、そもそも留まったのは私の意志です。それに私はアルネリア以外での生き方を知らない。今回の推挙は私にとっても好都合です」


 ハミッテのその意欲に燃える視線を見て、ミランダは頷いた。


「なるほど、まだ出世を諦めてなかったか。ならば感情を制御なさい、それも完璧に。できるかしら?」

「我が主の命令とあらば」

「さすが元口無しね。でも名前はハミッテのままとするわ。望みはあるかしら?」

「次の梔子に任命していただければ」


 澱みなく答えたハミッテに、桔梗が息をのむ。そしてミランダは目を細めて答えた。


「梔子の任命権は私にはないわ。最高教主だけの特権よ」

「あらばあなたが最高教主になられればよろしい。周囲が納得するだけの実績はおありでしょう」

「馬鹿言わないで頂戴。上層部の、ミリアザール様の事情を知っている人間たちが納得するわけがないでしょう」

「ミリアザール様に何かあったら? あるいは、最高教主を引退せざるをえないだけの何かがあったら? このアルネリアには不安要素がとても多い。『いつ』『誰が』『何を』してもおかしくないだけの材料を抱えていると思いませんか?」


 不穏な言葉に桔梗がミランダの方を見たが、ミランダはその問いかけに何も答えず、ただじっと何の感情も読み取れない視線でハミッテを見つめていた。



続く

次回投稿は、2/5(火)21:00です。

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