戦争と平和、その292~会議九日目、朝③~
「まぁ口論はここまでにしましょう。そろそろ会議が始まるわ」
「・・・うむ。だが先の貴様を襲撃した犯人、目星はついたのか?」
「ああ、あれね。浄儀白楽の部下に決まっているじゃない。私が見た限り、弓技部門で優勝したトウタとかいう奴よ。浄儀白楽の宿の護衛についているところを確認したわ。あれほどの弓の腕前の人間がそうそういてたまるものですか」
「浄儀だと? なぜワシらを狙う?」
ミリアザールの質問に、ミランダは首を横に振った。
「そこまでは知らないわ。でもワタシじゃなくても、誰でもよかったんじゃないの? あの距離じゃあ、誰がそこにいるかを確認するのは不可能だと思うし、窓際に誰が来るかを予想するのかはもっと不可能よ。見えるくらいに視力がよかったら日常生活に難儀しそうね」
「そうか・・・引き続き警戒せいよ? エルザに続きお主まで倒れられては困る」
「それ、不死のワタシに言うことかしら?」
ミランダは明るく笑うと、先に部屋から出た。その気配が消えてから、黙って成り行きを聞いていた梔子がミリアザールに不安げな視線を投げかけた。
「どうした、梔子。そんな表情は珍しいな」
「・・・ミリアザール様はおかしいと思いませんか。最近のミランダ様の魔力の充実ぶり。今まで使えなかった回復魔術も使用している様子。元々慈愛に満ちた方ではありませんが、冷徹ともとれる態度。
ジェイクは意識こそ戻りましたがまだベッドでの安静が必要だというのに、話題にも上らせませんでした。昨晩、雇ったバネッサが気を利かせていなければどうなっていたのか。
先の刺客の話にしてもそうです。調べ方が雑すぎる。いかにやることが多いとはいえ、ろくな調査が行われている様子もありません。これでは」
「ミランダはそもそもアルネリアのシスターとしてほとんど修行をしておらん。回復魔術の選定も行っておらなんだし、最初拾った時には、歴代の梔子ですら手を焼くやさぐれっぷりじゃったからの。
それにミランダにとって、ジェイクとはさほど大切な存在ではないのかもしれん。ワシとてドゥームにとっての切り札となるかもしれないという可能性と、これからの将来性を見込んでいるが、そうでなければただの出来の良い少年よ。
ミランダのとっての優先事項はアルネリア、そしてアルフィリースであるだろう。ワシらとはちょっと事情が違う」
「本当に、そうでしょうか?」
梔子が不安な心情をそのまま吐露したので、ミリアザールが思わずじろりと睨んだ。
「梔子よ、お前がそんなことでどうする? 任務のためには感情を殺せ。かつてそう教え、今では教える立場にいる貴様がそんなに不安に囚われるようでは統率もとれまいが? 不安を述べる時は確証を持て。そう教えたな?」
「は、すみません。ですがミリアザール様は何も違和感をお感じにならないので?」
「違和感はある。だがミランダ自身がかつて言ったことだ。本来なら睡眠すらほとんどとらずとも動けるが、人間であることを忘れないために人間と同じ周期で生活するのだと。
ミランダは最近ろくに眠ってもいないようだ。いかに体が回復するとはいえ、そのせいで頭痛がしたり苛つくこともあるだろう。負担を強いているのはワシであり、周囲でもある。多少は目を瞑ってやれ。
それに、ある日突然新たな魔術の系統に目覚めることはありえなくもない。ミランダはむしろ、今までの修行と研鑽の割に使える魔術が少なかった。そう考えれば、ようやく実力が追いついたとも考えられなくもない。魔術をほとんど使わんそなたにはわからんかもしれんが、ワシにも経験があることだ」
「それならよいのですが」
梔子の言いようもない不安は、ミリアザールによって一度振り払われた。だが立ち込める霧のような不安は、一度振り払ったくらいでは完全には晴れることはなかったのである。
そしてミランダはミリアザールの執務室を出ると、自分の執務室に一度帰っていった。そこには楓と、最近部屋付きとなった桔梗がいた。
「おかえりなさいませ」
「ミランダ様。簡単ではありますが、朝餉の準備ができています。お召し上がりになりますか?」
「パンだけいただくわ」
ミランダはちらりと見下ろした食事からパンだけを選び取り、それを食べながら上がってきた書類に目を通す。
桔梗は知らないことだが、最近楓が見る限りミランダはろくな食事をとっていないように思える。もちろん楓は常にミランダの傍にいるわけではないが、その様子を心配してしまうのだ。
「ミランダ様、最近睡眠も食事もろくにとっておられない様子。そのままでは倒れてしまいます」
「なんだか皆に心配される朝ね。最近調子は絶好調と言って差し支えないくらいなのよ。大丈夫だから、そんなに心配しなさんな。
それに不死者のくせに、食べ過ぎるとアタシ太るのよね。ちょっと運動不足だから食事をやや減らすくらいでいいのよ。それにしても食べなくてもこれだけ動けて調子がいいとか、まるで大気を取り込んで暮らす仙人とかいう連中みたいね。年齢的には悟りを開いてもいいのかもしれないけど、この書類の山! 俗世にまみれて悟りも何もありゃしないものだわ」
ミランダは笑顔で冗談を言いながらひらひらと手を振ったので、楓はそれ以上の言葉をなくしてしまった。
続く
次回投稿は、2/4(月)21:00です。しばらく連日投稿します。




