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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その291~会議九日目、朝②~

「バスケス、それよりも目の前に手中すべきことがござろうが。今日の相手は木刀での立ち合いでも、油断すれば死あるのみぞ」

「・・・ああ、それはわかってるぜ。だけど、気になった奴は忘れられないだろ? 街中ですれ違ったイイ女がいたら、他の女と逢引する前でもとりあえず押し倒したくなるだろうが?」

「某にそれを聞く時は、女を美少年に置き換えてもらおうか」

「あー、やだよ、やだやだ。こんなのがお仲間なんてねぇ、世も末だよ。もうちょっとまともな強者はいないものかね」


 伝蔵の目論見通りくだらない論議に花を咲かせるバスケスを見て、シェバはため息をついたのである。


***


 メルクリードは競技場の上の方から、バスケスたちのやり取りを静かに見下ろしていた。彼らのことは知っている。大陸でも並ぶ者なき猛者であり、同時に蔑むべき屑だと。彼らの戦いには主義主張がないと、メルクリードは考えていた。

 『血戦』と呼ばれて久しいメルクリードだが、激しい戦いをするのは何も好んでのことではない。ただ仲間の誰よりも勇猛に、そして誰よりも刃を受けることを志した結果、そう呼ばれるようになっただけだ。

 感情を表に出さぬメルクリードだが、カラツェル騎兵隊はとても気に入っているし、今でも大陸最高の傭兵団だと自負している。代が変われど揺るがぬ信念と、そしてそれを支える仲間たち。全てがメルクリードの誇りであり、宝である。団を代表して戦え、そして優勝しろと言われた以上、たとえ嫌だとしてもメルクリードは全力を尽くす覚悟だ。


「(ゼムスの仲間が二人参加しているのか・・・バスケスとやらは剣帝に潰されるだろうが、土岐伝蔵とやらは厄介だな。あれは得物の切れ味を選ばん奴だ。木刀だとしても、俺との相性は良くない。天覧試合になれば厄介な相手になるだろう)」


 メルクリードは残った競技者たちをつぶさに観察し始めていた。メルクリードは戦いの天才ではない。たゆまぬ訓練と、その経験と観察力からくる予測が最大の武器である。日常の一挙手一投足すら、戦いにおける参考になる。メルクリードは誰と当たっても勝てるように、少しでも相手の動きを多く観察し、予測を働かせていた。

 強い競技者は大勢いる。この条件では、勝つのが難しいであろう相手も。それらも観察と対策を繰り返し、条件を整えることで少しでも勝つ確率を上げることができる。だが、一人だけよくわからない者が昨日いた。その相手のことを思い浮かべた瞬間である。


「何を考えているのか、彷徨える槍よ」


 そう言われて、メルクリードはどきりとした。その名を呼ぶことができる人間は限られている。メルクリードは隣に立った男が今思い浮かべた相手と同じだったため、思わず冷静さを失い声を上げるところだった。


「そなたは・・・」

「久しぶりにその姿を見かける。手合せをしたことがあるのだが、覚えているだろうか。互いに姿は違ったかもしれないがな」

「手合せ・・・?」


 メルクリードが首を傾げたが、男はふっと笑っていた。


「わからぬか。まだ明確な自我も持っていなかったかもしれないな。よい、忘れてくれ。少々懐かしくなっただけだ」

「待て。だが確かにどこかで――」


 メルクリードが声を掛けようとして、男の影を踏んだ。その瞬間、メルクリードの中にかつての記憶が呼び起こされたのだ。


「あ――ああっ!? 確かに、俺には記憶がある。だがそれは随分と遠い昔――『貴方』はもしや?」


 その言葉に男は答えず、ふっと薄く笑って消えていった。メルクリードは後を追うことはせず、ただその漆黒の姿をした青年の後姿を眺めていた。


***


 会議九日目の朝は静かでもあり、そして落ち着かない運びともなった。一つには、もはや議題が絞られ、細かな調節へと入っていること。主導権争いは既に終了し、シェーンセレノが取り仕切ることに違和感を抱かぬ者がほとんどとなっていた。

 ミリアザールは会議に臨む前、ミランダといつもの朝議を軽く行っている。そこでもこの会議の流れが話題となった。


「非難の矛先が我々に向かなかったのは好都合じゃったが――結局、戦う前に勝負はついておったということか」

「さぁ、どうかしらね。たしかに非難されれば言い訳できない状況ではあったでしょうけど。結局、スウェンドルとシェーンセレノの話し合いが事前に行われていたとして、討魔協会の闖入は予想外でしょう? 彼らも不可解に思っているのではないかしら」

「それを探ろうとしたが、材料が少なすぎたわ。浄儀白楽めの考えはとんとわからぬ。それにブラディマリアがいるせいで、詩乃に連絡をつけることも不可能じゃった。どういうわけか、あやつめ詩乃を非常に気に入っておる。片時も傍から離さんわい。

 せめて詩乃が完全に一人になってくれれば、色々聞けようともいうものじゃが」


 ミリアザールかつて手塩にかけて娘のように育てた詩乃のことを思い、口惜しそうに爪を噛んでいた。だがミランダは憮然としてその行為を見送っていた。


「――それなんですけどね。その清条詩乃とやらは、そこまで信頼できる相手なのかしら?」

「はぁ? お主、何を言っておる。ワシが手づから教育と戦闘を幼少から手ほどきした女じゃぞ? 信頼できるに決まっておろう」

「でも、東方に帰ってからのことは知らないでしょう? あなたから手ほどきを受けたというのなら尚更、人心を利用する術も教えているはず。どうしてこちらが踊らされていないと、確信できるのかしら?」


 その言葉に、ミリアザールが殺気立つ。何のかんの、ミリアザールがミランダに対して厳しい言葉を投げることはあっても、殺気を向けることはない。意見が対立して罵り合いになることはあっても、本物の殺気を向けられるのは百年近くなかったのではなかろうかと、ミランダは記憶を手繰るほどだ。

 ミリアザールが怒気を孕む言葉を投げた。


「おい、いかに貴様といえども、言うて良いことと悪いことがあるぞ?」

「承知していますとも。だけど、他人の情すら利用するあなたが、どうしてそこまで詩乃にご執心なのですか? 情は隙になる。それはあなたがかつてアタシに教え、そして理解できなかったアタシはその通り大失敗をすること度々。その度に叱責を受けた記憶はあれど、最高教主マスターが情で失敗をするところを見たことはないわ。

 全てを疑ってかかるのは為政者の基本。アタシ、何か間違ってる?」


 ミランダの言葉はずばりその通りだったため、ミリアザールが口ごもる。だが確かにその通りなのだが、幼少期より人質のような立場で誰も頼る者も身寄りもいないこちらの大陸に送られ、手づからその世話をした少女までも疑ってかからねばならないとは、ミリアザールにとってはやるせなかった。詩乃は、久方ぶりに持てた家族のような気がしていたからだ。

 口ごもるミリアザールを前に、ミランダは茶を飲み干して席を立つ。



続く

次回投稿は、2/1(金)22:00です。

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