戦争と平和、その290~会議九日目、朝①~
アルフィリースもまた考え込んだ。棒術はアルドリュースが最も得意とする武芸の一つだったが、確かに一本取るのもおぼつかなかった記憶がある。武器は単純なものの方が強い。アルドリュースの持論だったし、アルフィリースもそう思う。刃こぼれする剣よりも、摩耗しない棍棒などの打撃武器の方が戦場では役に立つからだ。
アルフィリースはアルドリュースとの戦闘経験から、棒術が何を苦手とするかを考えた。そうして、一つの回答を思いついたのだった。
「うーん・・・まぁ、やってみる価値はあるかなぁ」
「何か思いついたのか?」
「確証はないんだけどね。でも試合順がなぁ・・・コーウェンの協力と、ドワーフにも総出で出てもらうかな」
「おい、何を考えている?」
「森の戦士。そう、森の戦士なのよね・・・」
不安そうに、しかしどこかで微かな期待を抱いた影が興味深げな視線をアルフィリースに送った。だが当のアルフィリースは、まだ何かしっくりとしない表情で足を組んで一人唸っていたのだった。
***
――会議九日目、朝――
早朝の統一武術大会の会場。まだ朝早く会場前に観客すらいない会場で、土岐伝蔵が刀に顎を乗せ、煙管を燻らせながら会場を見下ろしていた。その表情は決して緩んではいないが、愉しんでいるようでもあり、そして困っているようでもあった。
そこに無言でシェバが近くに座った。伝蔵が驚いたように顔を上げた。
「ばーさん、帰ったとばっかり思っていたぜ」
「ふん、そのつもりだったんだけどね。白藤の腕がまだ完全にくっつかないし、ちょいとばかし興味も出たのさ」
「剣帝か?」
「まぁね」
シェバもまた煙管で煙草をふかしていた。だが中身がただの煙草でないことを伝蔵は知っている。薬草やら毒草やらなんとも言えない怪しげな草を混ぜ、魔力を高めるために吸う煙草だ。自分に合わせた調節らしく、同じく煙管を吹かせる伝蔵がいただいた時には危うく死にかけた。
以降、二人は何となく煙管を吹かせる仲間である。魔術と刀。対極に生きてきた二人であるし年もかけ離れているが、なんとなく話が合うのだった。もちろん伝蔵の趣味をシェバが許容しているわけではないが。
「バスケスの野郎はご愁傷さまでござる。剣帝が相手なんざ、ついてないとしかいいようがなかろう」
「そうかね? 武術大会という縛りなら、バスケスの右に出る者はいないと思うんだけどね。あの黒い不思議な球も使えないだろうし、さすがに素手でバスケスを圧倒できるような技術はないと思うんだけどね?」
「やりあった感じ、剣帝の技術は抜群だが、なんとかならん領域でもないでござる。まして不殺でのやりとりなら、確かにバスケスが有利でござろう。
が、その程度で敗北する程度の達人かどうか」
伝蔵とシェバが勝手な予想をしていると、そこに当のバスケスがふらりと現れた。ぎょっとする二人だが、それ以上にバスケスの表情が見たこともないほど青ざめていることに気付いた。
どんな時でも不敵な笑みを絶やさず、あるいは憤怒の感情を隠すこともなくまき散らす男が、おそらくは初めて見せる表情だった。そのバスケスがどすん、と伝蔵の傍に座り、無言で下を向いていた。
伝蔵とシェバが顔を見合わせ、どうしたものかと思案に暮れていた。
「これは――何があったか聞いてもよいのでござるかな?」
「――ああ、構わねぇ。と言いたいところだが、俺も悩んでる」
傲慢が服を着て歩くようなバスケスにして、歯切れの悪い物言いである。益々伝蔵は混乱した。
「そんなことを言われたら、ますます気になるでござろうが」
「俺が一番混乱しているんだよ。なぁ、伝蔵。お前、不死者と呼ばれる者を何回殺したことがある?」
「三回ほどでござろうかな」
「やり方は?」
伝蔵が記憶をたどる。
「一体は全身を焼いて灰にしたあと、透明な箱に詰めて陽光に晒すと絶命したでござる。他には外部装置を壊すことで死んだでござる。後は影が弱点だった場合もあったでござるな」
「俺は5回だ。不死者狩りってのは傭兵の依頼の中では最も高額な依頼の一つだからな。どうやって討伐したのか、ギルドでは情報共有がされることも多い。俺も討伐の仕方を聞いた不死者なら、50は下らんはずだぜ。だがよ・・・」
昨日の大司教、あれはただの不死者ではなかった。バスケスの技には、有無を言わさず再生を止める技術がある。それを使えば、少なくとも不死者の足止めくらいはできていたのだ。それがあの大司教相手には、一切通じなかった。
殴った感触は確かに人間の女だった。ならば痛覚も確実にあるはずだが、それを凌駕する精神力を備えていた。あるはずの間がないことが、バスケスの感覚を狂わせた。そして反応速度なのか読みなのか、同じ攻撃が二回通用しなかった。さらに再生するたびに強くなるとすら錯覚される腕力。
結果、格闘戦でバスケスは制圧された。こんなことは駆け出しの時以来、記憶にない。
「(相手の実力を読み違えた? いや、あの女は確かにそこまで強くなかった。強いだけなら、後ろの金髪の騎士の方が強かったはずだ。後ろの騎士とまぁ良い勝負ができるはずの俺が、どうしてあんな一方的にやられた? 理解できねぇ・・・女を気持ち悪いと思ったのは、初めてだ)」
この感情を整理できず、バスケスは夜をまんじりとせずに過ごしたのだ。既に拳を奉じる一族のことも、シャイアのことも忘れていた。ただミランダのことだけを、バスケスは考えていたのだ。
そこに伝蔵が手をぱん! と強く叩いてバスケスの意識を引き戻した。
続く
次回投稿は、1/30(水)22:00です。