戦争と平和、その289~会議八日目、夜⑦~
「先程の影相手に、復讐したいかしら?」
「当然だ! 俺は舐めてきた相手に対しては、容赦したことは一度もねぇ! 正体を突き止めて、ぶっ飛ばしてやる!」
「ならば一つ条件を出すわ。先ほどの相手は私でも一筋縄ではいかない。あの相手にもいずれ復讐の機会をあげるから、私の言うことを一つ聞いてもらうわ」
「なんだそりゃあ? 言ってみろ」
バスケスが憤慨した様子でミランダに詰め寄る。その額にとん、と指を置くとバスケスが目を丸くした。
「(なんだ、この女? 俺の額にやすやすと触れ――)」
その瞬間、バスケスの内側から制御できない力が溢れた。血が熱く滾り、周囲の時間がゆっくりと感じられる。戦いで極限状態に陥った時に得られる興奮に似ているが、それよりも強烈に感じられる。
バスケスは興奮状態の中でも必死に意識を制御しようとした。
「テメ、ェ・・・何した?」
「さすが興奮し慣れている男は違うわね、意識を失う人間もいるのだけど。これは《暴走強化》の魔術。感じている通り、身体能力だけでなく感覚までも暴走させる魔術よ。一歩間違えると死ぬんだけど、さすが耐えたわね。これがあれば呪印解放状態のティタニアとも互角に渡り合うことが可能よ。
あ、ちなみに競技場の結界って、効果範囲に入る前にこういった補助魔術をかけておけば対応可能なのね? どうして誰も試さないのか不思議なのだけど・・・まぁ身体補助の魔術ってアルネリアがおおよそ独占していて、魔術協会もあまり研究が進んでいないから当然といえば当然か」
「なん、で・・・こんな、ものを」
「本意じゃあないわよ? でもティタニアはここで捕獲しておきたい。まだ底の見えないカラミティや行方不明のドラグレオなんかに比べたら、余程やりやすいから。理由はただそれだけよ。
統一武術大会につられてのこのこと現れた黒の魔術士ですもの。しっかり仕留めさせていただくわ」
「いいのかよ?」
既に《暴走強化》の状態に慣れ始めたバスケスが、邪悪な笑みを浮かべた。それをミランダが楽しそうに観察しながら答える。
「何が?」
「こんな場所で俺と二人きりでこんな魔術を使ってよ? 極度の興奮状態になるのも知ってんだろ? せっかく収まったものがまーた滾ってんだぜ? 自分がさっきのメスガキみてぇになるとは考えなかったかよ?」
バスケスがじり、と一歩詰め寄る。それを冷ややかにミランダは見ながら、くすりと笑った。
「いいわよ、好きにしたら?」
「!? お前、イカれてんのか?」
「イカれているかどうかといわれると、確かにあなたよりぶっ飛んでるかもね。でなきゃあアルネリアの大司教や最高教主補佐なんて務まらないわ。
だけど、あなたにとってワタシは最低の相性よ? すぐ萎えちゃうかも」
「はっ、じゃあ許可も出たことだし試させてもらうとするか!」
バスケスがミランダに襲い掛かる。ミランダはバスケスの拳を受け止めながら、その体色を赤く変化させていく。『赤鬼』ミランダの本領発揮である。
ミランダは、エルザがこの男に公衆の面前で破壊されかけたことを忘れていない。そして幸いここには誰もいないのだ。
「契約は済んだわね。じゃあちょいとアタシの憂さ晴らしに付き合ってもらいましょうか?」
「おおぅ?」
バスケスの右拳を押し戻すミランダ。バスケスは拳を思わず退いてミランダの態勢を崩し、そして左手でミランダの顎を打ち抜く。まだ力の加減がわからぬバスケスの拳に、ミランダの顎が砕けた感触が伝わってくる。
「げ、一撃でやっちまっ・・・?」
が、完全に顎を砕いたはずのミランダが、右拳を思い切りバスケスの鳩尾にめり込ませた。破城槌で殴られたかのような感触に、たまらず膝をつくバスケス。顎を強制的にミランダは治すと、拳をぱきぱきと鳴らしながら、バスケスに迫った。
「なんでもアリ、ならどっちが強いかしっかりと躾けておかないとね?」
「て、テメェ、ふざけん――なぁっ?」
顎を蹴りあげられ宙に舞うバスケスの脚をつかみ、再度床に叩きつけるミランダ。床の底が抜け、階下に落とされるバスケスの背中から、しっかりと踏みぬいた。足には背中の骨が砕ける感触があった。
バスケスが苦痛の悲鳴を上げたが、ミランダは容赦しない。
「身体強化の魔術かかってんでしょ? 回復もしてあげるから、この程度で壊れるんじゃないわよ?」
「こ、このアマぁ!」
「尼じゃないわよ、それは東の大陸の話。シスターと呼びなさい!」
ミランダの拳がバスケスの顔面を破壊する。そしてこの後半刻程、暴走強化の魔術が解けるまで、ミランダはバスケスとの壊し合いに没頭することになったのである。
***
「――ねぇ、何か良い策はないかしら?」
「ないな」
アルフィリースは夢の中で影と話しあっていた。当然、次のオルルゥ対策のことだ。影は胡坐をかいて肘をつき、呆れた顔でアルフィリースに向けてため息をついた。
「お前はもう少し賢いと思っていたが、勝ち目のない勝負に全てを賭けてしまうとはな。少々呆れ果てた」
「とはいえ、ある程度はどうしようもないことよ? それに全く勝ち目がないとは言い切れないわ」
「ないね。あれは達人と呼ぶべき人間だ。ごく稀に種族間の差を埋めるような戦いの天才が出ることがあるが、あれがそうだ。あの棒術、私にも見切れるとは限らん。明日の試合は嫐り殺しがオチだぞ」
「棒術、あなたは使える?」
「手習い程度にはな。程度で言えば、ウィクトリエのそれと大して変わらん。棒などありふれ過ぎて、武道として極める者がいなかったのだ。殺し殺されうる時代に、そんな相手を御するための技術など誰が学ぶものか。対抗策も想像がつかんね」
影がやや不満そうに言い切った。悔しさもあるのだろうが、それだけオルルゥの技術が卓越していることの証左だった。
続く
次回投稿は、1/28(月)22:00です。