戦争と平和、その288~会議八日目、夜⑥~
「まぁそれはどっちでもいいわ。でも私たちがここに来た要件、わかる?」
「どっちでもいいとか冷てぇ女だな。だが気に入ったぜ、依頼の件だろ?」
「そう。今日の召集を無視しただけでなく、ぶち壊しにしかけたわね? その責任、どう取ってもらおうかしら」
バスケスは痛いところを突かれたとばかりに、舌打ちをした。
「ああ~、確かにその件に関しては言い訳できねぇな。どうやったらあんたは許してくれる?」
「何よ、いやに殊勝ね?」
「いや、一応傭兵としての信用を失くすとただの犯罪者になり下がるもんでね。傭兵としても活動できないようなら、俺も今の仲間に処分されちまう。それはそれで面白いんだが、好き勝手できる今の立場は割と気に入っててよぅ。できる限りこの穴埋めはしたいと考えているんだけどよ」
「ならば、明日ティタニアをやってもらうわ。それでチャラよ」
その言葉に、バスケスが逆に怪訝そうな顔をする。
「明日どのみち統一武術大会で当たるぜ? そんなんでいいのか?」
「まずは勝つことは最低条件、できるなら再起不能に追い込んでもらいたいのよ。殺しはなしだわ」
意味不明な指示にますますバスケスが困惑するが、バスケスは愚鈍ではない。ミランダの意図するところを察し始めた。
「そんな簡単に言うが――ああ、そうか。あんたたち、何か『やった』のか?」
「さぁ? それを知ることはあなたの仕事ではないし、あなたなら対峙すればわかることだわ。あなたは言われたことを果たせばいい。それとも『格闘家』バスケスには、荷が重いのかしら?」
「おいおい、俺を挑発するのか? 別に気分を盛り上げてもらわなくても、仕事に手は抜かねぇ。それが俺の流儀だからな」
バスケスが得意そうに両手を広げたが、ミランダはその態度を冷ややかな目で受け流していた。どの口でそれを語るかと言いたくなったが、それはぐっと堪えていた。
「――ともかく、金を払った分はしっかり働いてもらうわ。傭兵ならそのあたり、しっかりしてもらわないとね」
「しつけぇな、わかってるって言ってんだろ」
「ならいいのよ。それよりその足元のボロ雑巾みたいな娘、こちらにいただいていいかしら? ただでさえ今日は被害が多くて隠蔽が大変だわ。これ以上余計な仕事を増やさないでいただきたいのだけど」
バスケスはちらりとシャイアを見やった。まだ楽しみ足りないが、邪魔された形とはいえとりあえず溜飲は下がった。それに明日ティタニアという極上の得物を存分に味わえる可能性もある。楽しみは後にとっておくという発想は嫌いではない。
「ああ、いいぜ。ただアルネリアの治癒力でも、もう使い物にならねぇかもよ?」
「それこそあなたの預かり知らないことだわ。いただくわよ」
「どうぞどうぞ」
バスケスが足をどけ、ミランダが近づこうとした瞬間である。バスケスの背後にあった窓から疾風のように飛びこんできた影が、バスケスに一撃を加えた。バスケスは体を捻ってかわしながらその攻撃を受けたが、打撃がつかみに変わったのを確認できただけで、きりもみ状に吹き飛ばされていた。
そして同時にミランダにも攻撃が飛んできたが、それを紙一重で躱すミランダ。それと同時に、アルベルトが大剣を抜き放ち、影めがけて突きを放つ。アルベルトの剣は確かに影を貫いたが、手ごたえに乏しいことに気付くアルベルト。
そして大剣が突き刺した相手が木の葉となって崩れると、その木の葉が風と共にぶわりと部屋中に舞ってその場にいた者の視界を塞いだ。
「なんだこれは?」
「面妖な!」
そして多くの騎士達がたじろぐ中、ミランダだけが木の葉を防ぐことなく何が起きたかを見守っていた。そして窓から出て行った影を見送ったのだ。
「・・・なるほど、あれは私たちが信用できないのか」
「ミランダ様?」
「なんでもないわ」
木の葉が収まった後、ミランダは風で乱れた髪をかき上げ指示を出した。
「全員撤収なさい。アルベルト、一度指揮権を預けます」
「は。ミランダ様は?」
「もう少しバスケスに用事ができました」
「おひとりでは危険だと思いますが」
アルベルトは静かに告げたが、ミランダは妖艶にくすりと笑っただけだった。アルベルトとしてもこれ以上何も言うことはなく、命令を実行した。部屋を出る時にちらりとミランダとバスケスを見たが、バスケスは明らかに不機嫌になり、危険な雰囲気を纏い始めていた。
そのバスケスと二人きりになると、バスケスが殺気を含んだ声を発した。
「お前――さっきの影の正体を見たのか?」
「見たわ。見えなかったの?」
「うるせぇ、振り向く前にどつかれて投げられたんだよ!」
「ふむ、性能に少し問題があるかしらね。念を押すか」
「あぁん?」
品定めするようなミランダの視線に、バスケスが気分をさらに害した。そしてミランダが一つの提案をする。
続く
次回投稿は、1/26(土)22:00です。