戦争と平和、その287~会議八日目、夜⑤~
「それはそうと、統一武術大会はご覧になっておりますかな?」
「地下にいようが、まぁ見ることはできる。たまにだがな」
「誰が優勝するとお思いで?」
「さぁな。興味がないのでな」
つまらなさそうに言い放つシュテルヴェーゼ。ゴーラは困り顔でシュテルヴェーゼを見つめる。
「そんな素っ気ない」
「妾に言わせれば、お主の様に長生きしながら俗世のことにそれほど興味を持てることの方が驚きだよ。この大会には本当の強者はおらぬ。妾が出場すれば優勝は決まりだし、それは妾の配下の三魔獣でも、お主でも、ミリアザールでも同じであろ?
そなたは蟻同士を争わせて誰が勝つか想像して、面白いのかえ?」
「その例えはあまりに酷い。一寸の虫にも魂はありますぞ?」
「そんなことくらいはわかっているがの、興味が持てぬものは持てぬのよ。せめて魔術ありならば多少面白い催しになったであろうが、武術だけではのぅ。まぁ一人ほどお主と良い勝負ができそうなものがおるが」
「?」
ゴーラが首をひねったので、シュテルヴェーゼは微かに笑った。
「なんじゃ、気付いておらぬのか? 相変わらず脇が甘いのぅ」
「はは、面目次第もありません」
「お主ほどではないがミリアザールよりは古く、そして力を持つ者が参加しておる。それがその気になれば、優勝は確実じゃろう」
「それほどですか?」
「魔術なしで全力のミリアザールと良い勝負をするじゃろうな。まして魔術を禁じた状態なら大陸でも最強の部類に入る。人間や獣人などの新興種族の及ぶところではない。
かつてあれの一族を知っておったが、古竜すら妥当しうる連中だった。ああいう存在が大陸の覇権を握らぬのは、それもまた興味深いと言うべきか」
シュテルヴェーゼが言い切ったので、ゴーラはしばし考えた。もちろん大会に張り付いているわけではないが、それほどの武芸者がいただろうかと考える。観衆の評判になっている競技者もおおよそ押さえたはずだが、まだ他に実力者がいるのだろうかとゴーラは自分の不明を恥じて唸った。
そのゴーラはシュテルヴェーゼがじっと見つめていた。
「気づかぬか?」
「は?」
「じゃから脇が甘いと言うておる。お主の弟子がおるだろう。名は忘れたが、壊されるぞ。よいのか?」
「シャイアが?」
ゴーラは一気に酔いが醒めた表情で、席を立った。そしてゴーラが何か言う前に、ある一点を指さした。
「旨い酒の礼じゃ。距離は自分で探せ」
「恩に着ます!」
それだけ言い残し、ゴーラは風のように消えた。鈍重で戦闘向きではない獣人の種族からあれほどの拳豪が出るとは、かつて夢にも思わなかったシュテルヴェーゼ。そういう意味では現在の統一武術大会も面白いのだが、今一つ興が乗らぬ理由は別にもある。
「こちらにゆっくりと歩いてきておる滅びを体現する女を、誰が止めるかじゃのぅ。妾はやらぬから、それをなんとかせねばそもそも剣帝もカラミティもそれどころではなかろうに。
ま、アルネリアが消えてなくなる前にはなんとかしてやろうかの」
それだけ呟くと、シュテルヴェーゼはただの酔っ払って迷惑な客と化したロクサーヌの方が今は問題かと、思案に暮れたのだった。
***
「なんだよ、テメェら」
バスケスは空いた貴族の屋敷の一つを勝手に占拠し、根城としていた。そこに気絶したシャイアを運び込み、明日に向けて鋭気を養うと同時に熱を晴らしている最中だったのである。
その場所に押し入ったのは、アルネリアの精鋭部隊。その場にはアルベルトとミランダもいた。もちろんバスケスは相手が誰かわかっていたが、人を見て彼の態度が変わることはない。
ミランダが飛びかかってきたバスケスに馬乗りになられ、その場の全員が剣の柄に手をかけたが、ミランダは手でそれを制して壊され続けているシャイアにちらりと視線を向ける。
「どういうつもりかしら」
「それはこのガキのことか、それとも依頼のことか?」
「仕事のこと、と言いたいけど、とりあえず両方聞いておきましょうか」
ミランダの言葉に、バスケスが笑っていた。
「は! さすがアルネリアの大司教様は違うな! こんな態度をされてもお優しくていらっしゃる」
「皮肉はいいから話しなさい。事情を聞いているうちにその子が死んだ、なんて間抜けな結果はあなたも私も望んでいないでしょう?」
「そりゃそうだが、これはただの憂さ晴らしでな。これの父親で兄弟子を俺が殺したんだが、それを恨みに思って復讐の機会を狙ってたらしい。で、無残にも返り討ちだ。素材は悪くねぇが、10年早かったな。策でもなんでも使えばいいのによ、馬鹿正直に正面から俺とやりあってこのザマだ。そんな馬鹿なところまで父親そっくりだよ」
バスケスの侮辱に、シャイアの手がぴくりと動いた。それをミランダは見逃さなかったが、その手を容赦なく踏みぬくバスケス。
「ああ、ちなみに殺しちゃいねぇ。殺すと参加取り消しになるだろ? それは望むところじゃねぇんでな。適度に痛めつけながら、気絶する間際になると強い痛みで起こすんだ。加減が中々難しいんだが、このガキは素直でなぁ。まだ一度も気絶させてねぇ。顎を壊しておいたから喋れねぇが、耳も聞こえるし目もかろうじて見えているぜ?」
「そう。つまり命に別状はない?」
「そのつもりだ。だがまぁ、普通に考えりゃ再起不能だな。もうちょっとで精神的にも廃人に追い込めそうだがなぁ」
バスケスが楽しそうににたにたと笑ったので、思わず周囲の神殿騎士団が嫌悪感を露わにした。だがそれも制し、ミランダが冷静に告げた。
続く
次回投稿は、1/24(木)22:00です。