戦争と平和、その285~会議八日目、夜③~
「え・・・?」
のっぺらぼうは我が目を疑った。どんな生物にもあるべき気の流れ、魔術の流れがその相手にはなかった。その理由を考えることなく、のっぺらぼうの右眼には剣が突き立てられた。
びくり、びくりと何度かけいれんをした後、のっぺらぼうは動かなくなった。その死体を見下ろして、シェーンセレノが残念そうにつぶやいた。
「頭を壊してはだめではないですか。記憶を読み取ることができなくなります。後ろ盾まで探りたかったのに」
「慎重な雇い主なら、正体をばらすような真似はすまい。仮にわかったとて、証拠がなければ無意味だ。それに誰が黒幕であれ、貴様のやることに変わりはない――だろう?」
「それはそうですが、まだ私の立場はそれほど強くありません。賢人会を使って取り込んだ諸侯は3割程度。それに自国の戦力も乏しい。強硬手段に出られるような立場ではないのです。
貴方のように、何でも剣で解決できる立場とは違うのですよ、剣の風」
「ふん、俺とて何でも自由になるわけではない。ここには団長の許可を得て来ているのだからな。貴重な休暇が台無しだ」
苛立ったことを演じているかのように無機質な口調で男は文句をシェーンセレノに告げ、のっぺらぼうの死体を細切れにして、文字通り肉と血の塊に変えていたのである。
***
「くっ!?」
バネッサは拠点に引き上げてきていた。ジェイクを無事送り届け、そしてティタニアの様子を見に戻った時には全てが終わっていた。バネッサは最も盛り上がる場面に出会えなかったことを悔いたが、数瞬後には気持ちを切り替えて明日の競技会に向けて拠点に引き上げていた。
そして酒でもひっかけて寝ようとしたところで、ウィスパーが突然苦痛の声を上げたのである。驚くバネッサが、酒を飲む手を思わず止める。
「どうしたの、ウィスパー」
「のっぺらぼうがやられた」
その一言に、バネッサの顔が曇る。これでウィスパー直接の手駒は自分のみ。アルマス全体としては活動に影響がないものの、実行部隊の実力者が二人も欠けたのは痛い。
だがバネッサは多くの場面でそうしてきたように、やはり数瞬で切り替えていた。
「のっぺらぼうがいなくなったのは痛いけど、銀の一族だけが相手というならさほど問題ではないわね。やり方は限定されるけど、私とあなたがいれば事足りるわ」
「それはそうだが、のっぺらぼうをやった奴が問題だ。聞いて驚け、剣の風だぞ」
剣の風。その単語に、バネッサが反応した。
「――驚いたわ。その言葉を聞いたのはいつぶりかしら。私やあなたと同じく、世に名の出ぬ暗殺者。その正体を掴んだの?」
「のっぺらぼうの目を通してな。奴の左目は義眼でな、俺と視覚共有していたのだ。もっとも、本人は知らんがな」
「おお、怖い。私の体に何かしていないでしょうね?」
「お前の体に私がどうこうできると思うか?」
大仰におどけてみせるバネッサに、猫姿のウィスパーがため息をついた。
「ともかく、のっぺらぼうの感知能力をもってしても、同じ部屋の奴に気付かぬほど完璧な隠形。そしてのっぺらぼうを一瞬で始末する腕前。得物が剣であることは確認できた」
「相手の風貌は?」
「中肉中背の男だった。声にも口調にも特徴がない。人の間に紛れるには、欠かせない資質だな」
「顔を見た?」
「見た。知りたいか?」
「ええ」
バネッサが頷くと、ウィスパーの操る猫が突然ことりと気絶した。そしてはっと起き上がると、今の状況に驚いたのか、慌てて椅子の後ろに飛んでいって隠れたのだ。
そして同時に部屋に入ってくる人物。その姿を見て、バネッサが驚いて目を見開いた。
「・・・その姿を見るのは、私をして2度目かしらね。本体でお出ましとは」
「仕方がなかろう。手足たる人物を二人も失ったのだ。それに猫の手は猫の手だよ、不便な時もある」
「スケッチはできないものね」
「まぁできなくもないのだがな。それより何か書くものをくれ」
バネッサが筆と髪を渡すと、ウィスパーは剣の風のスケッチを始めた。その様子をじっと見ながら、バネッサはウィスパーの様子を観察していた。
「・・・ねぇ、あなた少し雰囲気変わった?」
「歳は取ったな」
「そうじゃなくて。なんだかちょっと、険がとれたわ。余裕が出たというか」
「そうか」
ウィスパーの手は止まることがなかったが、バネッサは酒を煽りながら質問していた。
「アルフィリースの影響かしら?」
「・・・なぜそこでその名前が出る」
ウィスパーの手が一瞬止まり、そして再び動く。バネッサもまた酒を空けながら聞いていた。
「あの子は面白いわ、私が見てもそう思うもの。あなたが目指していた、調律のとれた闘争。図らずとも意図した方向に向かっているのではなくて?」
「現時点ではそうだが、あれは世の中を引っ掻き回しすぎだ。どこかで我々は対立するよ、賭けてもいい。だが面白いということには同意しよう。多少影響を受けているのも、否定はできないかもな」
「その考えだと、大老とは意見が合わないんじゃない? 大老はこのままならアルフィリースとイェーガーを潰す方向で動くわ。大老は大老で実行部隊を持っている。最近あまり仲がよいとは言えなさそうだけど?」
「・・・」
ウィスパーは何も答えず、完成した絵をバネッサに渡した。そしてバネッサはそれを確認すると、酒を吹きかけ火をつけて燃やしていた。
「特徴のない顔だわ。その顔が生来のものなら、確かに才能ね。見たことがない」
「ああ、それに気になることを言っていた。団長の許可を得たとか、休暇を申請してこちらに来ているとも。どこかの傭兵団にでも所属しているのかもしれん」
「私と同じく、二重生活か。だけど顔は覚えたわ。会場の外でも、それとなく注意して見ておきましょう」
「ああ、人海戦術をとると、気取られて逃げられるかもしれん。二人でこの人数を確認するのは骨だが、やるだけやってみるとしよう。
なんとしても、シェーンセレノにはツケを払わせんとな」
本体がここに来たことがウィスパーの本気の証明だが、バネッサは思わず質問していた。
続く
次回投稿は、1/20(日)22:00です。