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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その284~会議八日目、夜②~

「(妙な奴らだな・・・それに腕も立つ。だが、この気配はどこかで)」

「お入りください」


 のっぺらぼうの思考を中断する、突然の声。確かに足音を消してはいないが、突如として部屋の扉の向こうから声を掛けられたことで、思わずのっぺらぼうも声を上げるところだった。

 何とか自分を取り繕ったのっぺらぼうは、その声の主がシェーンセレノだろうと思いつつ奥の部屋に入る。


「失礼します」


 薄暗い部屋の中には、シェーンセレノ一人だけがぼうっと浮かんでいた。窓を漆喰で塗り固めた明り取りすらない部屋で、小さな蝋燭の光だけで執務にいそしんでいた。

 おそらくシェーンセレノは魔術を使うと、のっぺらぼうは推測する。蝋燭とは魔術の引き金になるし、光源を限定することで暗示にかかりやすくなる。だがのっぺらぼうも一流の暗殺者を自負している。おおよその魔術への対抗策は知っているし、魔術発動の気配があれば効果が自分に及ぶ前に一瞬で殺すことができる。

 のっぺらぼうの戦い方は、彼が考える限り実に単純だ。相手の気功、魔術の流れを読み取り、それを暴発させることで相手があたかも自爆したかのように見せるのだ。証拠は残らず、持ち込むのは身一つでよい。のっぺらぼうはこの才能があることで、自らが暗殺に生まれつき向いていると考えていた。

 だが一言でいえば単純なこの方法は、他の人間に言わせれば実際には戦いの奥義に近しい。気功や魔術の流れが読めるということは、すなわち相手の行動を予見することに等しいからである。

 そして、修行による修得は非常に困難だ。気功と魔術の双方を使用できることが最低条件で、さらにのっぺらぼうが読み取ることができるのは人間に限らず、魔獣や虫ですら相手を選ばない。カラミティの無数の蟲にすらひけをとらぬのは、そういう理由だ。

 ウィスパーはのっぺらぼうの前でバネッサを天才と呼んだが、十分こののっぺらぼうも天才だと判断している。ただのっぺらぼうは自意識過剰になりうるので、そういう評価を下していないだけだった。

 だからこそ、承認欲求の強いのっぺらぼうはウィスパーの命令を忠実にこなす。そのためには冷静に、ただひたすらに冷静に状況を把握して任務に忠実であることを自分に課していた。


「(無防備だな・・・部屋の中には他の気配もなし)」


 そしてこの状況は絶好の好機である。最終的には、依頼主はシェーンセレノを始末することが目的だと言っていた。当初の目的は情報収集だけだったが、可能であればここで殺してしまっても問題ないかとのっぺらぼうは考えた。触れさえすればのっぺらぼうの能力は使用できる。ただし、相手が気功ないしは魔術を使用しない限り、能力は作動しない。

 のっぺらぼうが能力を発動後、シェーンセレノを脅し付ければ慌てて魔術を使うだろうとのっぺらぼうは考えた。そうすれば暗殺は完了だし、音もしない。あとは塗りつぶした窓など、音もなく破壊することは可能である。脱出にも困りはしないし、最悪この場の全員を始末すれば済むだろう。

 のっぺらぼうの決意と同時に、シェーンセレノが部屋の片隅にある机を無言で指さした。そこには食べ終わった食事があり、交換しろということだろうとのっぺらぼうは推測する。書類整理をしながら無言で指さすのはいかにも貴族らしく失礼な行為だと考えたが、のっぺらぼうは文句も言わず料理を交換しようと歩みよった。これで間合いに入れることは間違いない。

 その直後、シェーンセレノが手を止めたのである。


「おかしいですね。料理を交換する時は地面にまず持ってきた物を置いて、それから机の上の食器を片付けるように、料理長に言い含めましたが。

 あなた、不審者ですね?」


 シェーンセレノの言葉を聞き終わらぬうちに、のっぺらぼうが動いた。見破られた以上、殺すしかない。もう潜入などと悠長なことを言っている暇はない。だがのっぺらぼうがシェーンセレノに触れる前に、その両手がないことに気付いたのだ。

 のっぺらぼうの目が一瞬見開かれ、そして痛みを感じる前に次の行動に移っていた。手でダメなら肘で、それでもだめなら脚で。あらゆる場所を用いてのっぺらぼうは攻撃できる。だがそれらの行動を全て実行に移す前に、のっぺらぼうの四肢は消えてしまった。

 それが切り飛ばされたのだとわかった時でも、のっぺらぼうの四肢に痛みはなかった。斬撃があまりに速く美しかったゆえに、まだ脳が痛みを感じていないのである。

 動けなくなったのっぺらぼうを見下ろして、シェーンセレノがつぶやいた。


「助かりました。やはり貴方を呼んでおいてよかった」

「――だから、自分を囮にするような真似はやめろと言った」


 のっぺらぼうは驚いた。部屋の隅の影がゆらりと動いたかと思うと、人の形を成したのだ。完全な隠形。ここまで見事なものを見たのは、のっぺらぼうの記憶にもない。のっぺらぼうが知るどんな暗殺者よりも優れた隠形だった。

 そして横たわるのっぺらぼうの頭上で二人は話を続ける。


「こちらの方はどなたでしょうか?」

「知らぬな――が、普通の手練れではあるまい。外の連中も違和感は抱いたようだが、確信は持てなかったようだ。ここまで潜入できたことを考えると、アルマスの上位暗殺者だろう。欠番を考えると、2番あたりではないか」

「アルマスの最高戦力ですか。それをあっさり退ける貴方は流石です」

「あっさりではない。不意を突いたから終わったが、正面から戦っていたら瞬殺は無理だったろう。それくらいの腕前は持っている」

「(瞬殺が無理だと?)」


 のっぺらぼうは耳を疑った。いまだかつて殺しの場において不覚をとったことがない、のっぺらぼうだ。正面切っての戦闘でも百人くらいは相手にできる自信があるし、事実幻獣級の魔獣相手にも互角に戦った経験がある。全てに成功したわけではないし、いずれどこかで不覚を取って死ぬであろうことも承知しているが、それでも目標を達成することを何よりも心掛けてきた。暗殺という人に闇に潜む生業をしてきた者の、せめてもの矜持。

 その自分をして、取るに足らぬも同然と言い捨てたこの相手。なんとしても生かしておけない。せめて相打ちにしなければ気が済まぬと考え、のっぺらぼうが男を睨み据えた時、のっぺらぼうはある事実に気付いてしまった。



続く

次回投稿は、1/18(金)22:00です。

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