戦争と平和、その282~悲願㊷~
「団長、本気ですか?」
「あの化け物に勝つ勝算がおありで?」
「あるわ。心配せず私に任せておきなさい」
アルフィリースが笑顔で返すと、幹部たちは渋々ながらも部屋から出て行った。そして残されたラインとエクラが、アルフィリースに質問した。
「アルフィリース、本当に勝算があるのか?」
「ないわ。今から考えるのよ」
「ど、どうするのですか? 負けたら私たちは南の森林で、蛮族の部隊に組み込まれるのですか?」
エクラは自分が蛮族の生活するところを想像しているのか、青ざめていた。だが意外とエクラのような事務処理に長けた人間の方が重宝され崇められるのではないかと、アルフィリースはそんなことを暢気に考えてしまっていたが。
もちろんアルフィリースに負ける気はないが、突如として窓が開いて再度オルルゥが入ってきた。先ほど出て行ったばかりで、ここは三階である。窓から侵入されないように、返しもついているはずだが。オルルゥは何ともない顔をして、入ってきたのだった。
不意を突かれたアルフィリースが少し動揺して問いかけた。
「な、何の用かしら?」
「イイワスレタ。オマエ――チョウロウのボクセンだと、オルルゥの『ウンメイのオンナ』ラシイ」
「ボクセン――ああ、卜占ね。で、運命の女だと――ハァ?」
突拍子もない言葉に、アルフィリースが間抜けな声を出してしまった。
「どういう意味?」
「シラン。マァフツウにカンガエレバ、ケッコンアイテだな」
「け、けけ、結婚? 女同士よ、私たち?」
「ベツにカンケイない。ワヌ=ヨッダでエライヤツ、スキにアイテをエラベル。オトコでも、オトコをシメイスルヤツ、イル」
「まぁそれは――こっちでも昔からあるなぁ。特に戦争の最中は」
ラインが思わず同意したが、エクラが顔を真っ赤にしながら否定した。
「ふ、ふ、不潔です!」
「戦争中に清潔も不潔もあるか。まぁ最前線だと娼婦も呼べやしないから、すっきりしたいときは互いで済ませちまう、なんてこともあるわな。
あ、勘違いすんな。俺にその趣味はねぇからな?」
「それはどうでもいいけど――もしかして、私って負けたらオルルゥの奥さんにされる?」
「ソウイウコトだ――シンパイスルな、オルルゥはケッコンアイテにはヤサシイ」
アルフィリースは頭が痛くなる思いだったが、そこで何をとち狂ったのか、エクラが余計な質問をした。
「ではアルフィリースが勝ったら――あなたが嫁になる?」
「マァ、ソウナルカ。ソチラもシンパイスルナ。オルルゥよりツヨイアイテならフソクナイ。セイイッパイ、ツクサセテモラオウ。
デハ、アシタがタノシミダナ」
オルルゥはそれだけ言い残すと、今度こそ去っていった。後ろ向きに落下していったが、それで怪我をするようなオルルゥではあるまい。
そして残された三人は呆然としてオルルゥが消えた後を見つめていた。
「・・・よかったじゃねぇか、アルフィリース。勝っても負けても結婚できそうだぜ?」
「絶対、イヤ!」
「アルフィが結婚、アルフィが結婚・・・」
青ざめながら頭を抱えたアルフィリースだったが、いつの間に少しだけ開いた扉からラーナが覗いており、瞬きも忘れて青ざめた顔と焦点の合わない目でぶつぶつと何かを呟いている。
ラインはアルフィリースに訪れる運命に対して流石に同情を禁じ得ず、深いため息を吐いたのである。
***
「で、よかったのか?」
「何のことかしら?」
夜半のアルネリア執務室。部屋にはミランダと猫しかいない。いや、その人語を介す猫だから、それはもちろんウィスパーなのだが。
ミランダは書類仕事を片付けながら、無表情でウィスパーの話を聞いていたが、あまりに返答がないことからウィスパーの方から話かけていた。
「依頼は受けた、相当高額の報酬をもらったからな。だがティタニアを殺すのではなく、動く程度の傷にとどめろとは、些か中途半端ではないのか」
「――拳を奉じる一族がしくじったことで、ティタニアの中にいる大魔王ペルパーギスを止める手段が失われたわ。目覚めさせてもここにいる戦力なら何とかできるかもしれないけど、私は確実に勝てる戦い以外はしない主義よ。
当初は確かにティタニアを倒す予定でしたけどね、ペルパーギスの噂が拳を奉じる一族の情報で信憑性を帯びた以上、殺すのはなしだわ。理想的なのは、ティタニアには大会に参加しつつ負けてもらい、そしてレーヴァンティンを諦めてもらうのが最上」
「ティタニアが勝ち進んだら?」
「そうならないよう、あなたに頼んだつもりだけど?」
ミランダが笑顔で微笑んだが、ウィスパーですらその意図を完全には理解できず、返答に窮した。
「(この女・・・まだ何か隠しているな。それが何かはわからないが、私の情報網をもってしても、その意図の全貌がつかめないとはどういうことか)」
「お話は終わりかしら? ならそろそろご退席願いたいわ。こう見えてあなたのせいで、作業の効率が2割ほど落ちているの」
「――そうか、それは失礼した。それではお暇するが、報酬は伝えた通りに支払っておいてくれ」
ウィスパーがミランダの執務室の窓を押し開いて出て行こうとした時、ミランダが背中越しに声をかけてきた。
「ウィスパー、たまには制御できない混沌を楽しみなさいな」
「――」
「もう一人の依頼主にもよろしくね。心配しなくても、最終的に私たちの邪魔をしなければ望むとおりの形にしてあげると伝えておいて」
「!?」
ウィスパーはその言葉を聞いて逃げるように窓から飛び出た。もう一人の依頼主のことは、自分とバネッサ、のっぺらぼう以外誰も知らないはずだ。そもそもが予定外だったのだし、自分ですら不意を突かれた訪問と契約だったのだ。そのことをどうしてミランダが知りえようか。
ウィスパーは正直出ていく途中でよかったと考えていた。先ほどの言葉を吐いた時、ミランダがどのような表情をしていたのかは見てはいけないような気がした。アルネリアの大司教ともなれば高い確率で将来邪魔者、もしくは協力者となるのだが、可能であれば金輪際関わりたくないと感じたウィスパーだった。
続く
次回投稿は、1/14(月)22:00です。連日投稿になります。