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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第五章~運命に翻弄される者達~
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戦争と平和、その278~悲願㊳~

「リサ、その報告に間違いはないわね?」

「え、ええ。大船に乗ったつもりでいてもらいましょう」

「そう、なら追手は無駄ね。ティタニアの宿を押さえなさい。明日の統一武術大会に出場するつもりがあるなら、一度は帰るでしょう」

「しかし、ティタニアが戻ったとしてどうするのですかミランダ様。再度仕掛けるおつもりですか?」


 イライザの疑問に、ミランダが答えた。


「もう仕掛けないわ。アルネリアの中と違い、ティタニアの宿は仮設宿泊施設よ。あんなところで仕掛ければ隠蔽工作ができないわ。

 今晩は千載一遇の好機だった。もう大会期間内にティタニアが油断することはないでしょう」

「では、大会には引き続き参加させると?」

「ええ、でも多少汚い手段は使いましょうか。リサ、報酬を追加で払うわ。もうひと働きしてくれるかしら?」

「断る選択肢はなさそうですね?」


 不穏な空気を感じ取ったが、リサは堂々とミランダに聞き返した。ミランダがそれに応えることはなかったが、不必要なまでの笑顔が全てを物語っている。


「ティタニアとジェイクと一緒に、もう一人女の子がいたわね? シャイア、とか言ったかしら。居場所はわかる?」

「ええ、それはわかりますが。厄介な男の手元にいるようです。むしろ救出と、治療が必要でしょう」

「バスケスね。丁度いいわ」

「丁度いい?」

「こちらの話よ。近くまでで結構だから、案内して頂戴」

「はぁ、報酬は三割増しにしてください」

「五割増しにしておくわ。アルフィにも秘密よ?」


 増額には口止め料も含まれているのだろうが、想像以上の上乗せに逆にリサは肝が冷えた。そしていかにアルフィリースのためとはいえ、アルフィリースに内緒で動くのはやはり危険だと思い直したのである。


***


「ハァ、ハァ・・・」


 アルネリアの郊外、少し離れて人気のない場所でティタニアは膝をついて休んでいた。ティタニアには珍しい、憔悴しきった姿で。ティタニア自身もここまで油断した姿をさらすことは滅多にないが、今ばかりは仕方がないと考えていた。

 ティタニアの目の前には男の死体があった。もちろんタウルスのものだ。強敵との連戦につぐ連戦。ここまでの戦いは近年記憶になく、そして最後の男がもっとも恐ろしかった。死をも恐れぬ戦い方と、不屈の闘志。万全の状態とてそれなりに苦労するだろうが、『互いに』手傷を負った状態だった。

 もし最後の一撃の瞬間相手が血を吐かなければ、ひょっとしたら痛恨の反撃を食らっていた可能性があった。ここで亡くすには本来惜しいほどの相手だったが、ティタニアにももはや手加減する余裕はなかったのだ。


「殺すしかなかったとはいえ、惜しいことをしました。しかし、なんとか追手は撒きましたか」


 ティタニアは周囲に人の気配も視線もないことを確認すると、ゆっくりと歩き出した。一度宿に戻ることは危険かとも考えたが、荷物と金銭を預けっぱなしにしている。そこまで律儀なつもりはないが、もし宿代を踏み倒すと出場が取り消しになることがあるかもしれないし、いかに剣帝とはいえ全てを力づくで解決できるわけはないのだから、最低限の金銭と物品は必要である。

 黒の魔術士からの援助がない今、手持ちの金が全財産となる。余計な金を稼ぐ時間はないし、取りに戻る必要があった。


「今夜の手引きはもちろんアルネリアでしょうが、正規の手続きで参加したものを、まさか無碍に失格にはしないでしょう。宿は張られているでしょうが、もしこれ以上の強引な手段に出るのなら、力づくででも隙を見てレーヴァンティンを奪うまで」


 ティタニアは決意を固めると、歩きながら体力を回復した。万一に備えての魔術は功を奏したし、残るは傷の手当てをして眠るだけだった。それも、黄金の大剣を抜き放った状態で休めば、回復魔術など不要な程度にまでは回復するのだ。今宵のアルネリアの数々の攻撃は、明日朝になる頃には無効となる。

 むしろそのために宿を取ったのだ。野宿ではどこから見られるとも限らないし、誰にも見られない部屋は重要だ。少々魔術で細工すれば、それなりの密室にはできる。今更他の宿をとれば魔術を施すにも時間がかかるし、慣れた塒に戻ることは剣帝といえど必要な行為だった。

 そしてティタニアが宿の近くに戻ると、そこはまだ喧噪のただなかだった。酒や食事を酌み交わし、今日の武術大会の話、明日の展望で盛り上がる人々。ティタニアは目立たぬようにローブを被り、人目を避けて歩いた。そっとローブの中から伺う人々の様子に、思わず羨望の眼差しが入ったことにティタニアは自分で気付かなかった。


「(人々があんなに笑って――千年前では考えられないことです。我が一族の悲願は果たされてはいないが、別の方法で人々は幸せになった。それはそれで、とても良いことなのです。ペルパーギスの件さえなければ、私もあちら側に行けたら――)」


 その時ジェイクと語らう姿を想像し、ティタニアは何を馬鹿なことを首を振っていた。その時、ティタニアの脇からふっと声がした。


「――油断したね、剣帝ティタニア」

「――え?」


 ティタニアは信じられないものを見たという顔で、隣に立った少女を見た。その手にはナイフが握られ、それが深々とティタニアの脇に刺さっていたのである。



続く

次回投稿は、1/5(土)23:00です。

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