沼地へ、その12~白の魔女~
「馬鹿言うな! 森を焼いていいなんてことがあるもんか!」
「・・・ぶったわね・・・」
アルフィリースが震えながら、叩かれた頬を押さえる。その目には涙が滲んでいた。
「ミランダだけは何があっても私の味方だって・・・そう思ってたのに!」
「アタシは今でもアルフィと友達のつもりだよ! でもアンタが間違ったことをしなければ・・・」
「うるさいっ!! こんな森、跡形もなく全部燃やしてやるっ!」
その言葉と共にアルフィリースが魔力を制限なく解放したため、余りの出力にミランダが吹き飛んだ。そのまま木に叩きつけられるミランダ。
ズン
「え・・・」
ミランダはその瞬間、脇腹に違和感を覚えた。見れば、木の枝が自分のわき腹から突き出ているではないか。沼地の木の形は歪で、妙に曲がりくねっていたり、尖っている部分も多い。その一部が、飛ばされた拍子に運悪くミランダのわき腹に刺さったのだ。
「う、ぐっ?」
「ミランダ?」
「大丈夫か!?」
慌ててリサとエアリアルがミランダに駆け寄る。そしてリサがアルフィリースを睨みつけた。
「アルフィ! ミランダになんてことを!」
「リサ、よして・・・アタシは不死身だから平気だよ・・・」
「あれ? なんでミランダから血がでているの・・・?」
アルフィリースが呆然とした様子でミランダの方を向いて立ちつくしていた。その顔からは既に邪気が消えている。
「?」
「(アルフィリースの様子が・・・)」
リサもエアリアルもその変化に気がついたが、今度はアルフィリースの様子がさらにおかしい。
「いや・・・私が、私がやったの・・・?」
「それは・・・」
「また、また私がやったの・・・? 私は・・・違う、私じゃない。私は誰も殺してなんか・・・」
「アルフィ? 何を言って・・・」
だがリサの声も聞こえていないのか、アルフィリースが両手で顔をかきむしるようにしながら、うわごとの様に何かを呟いている。
「ミランダは私の友達なのに・・・違う、私は誰も傷つけたくなんか・・・やだ、そんな目で私を見ないで。皆、見ないでよ・・・私は化け物なんかじゃない、化け物なんかじゃ・・・うわああああああ!」
アルフィリースの絶叫と共に、彼女から一段と強い魔力の放出がなされたかと思うと、周囲一帯の火はほとんど消えていた。そして崩れるようにその場に倒れ込むアルフィリース。
「うっ、一体何が・・・」
「いかん!」
ドラゴンゾンビがアルフィリースに近づいている。エアリアルは弾けるように飛び出すと、アルフィリースを背にかばうようにドラゴンゾンビとの間に割って入った。担いで逃げるような時間は既になかった。
「やるなら私からだ!」
「クルルル」
だがドラゴンゾンビはエアリアルに息がかかる所まで近づくが、敵意は全くない。そしてちょいと鼻先で必死にアルフィリースを庇うエアリアルを横に押しのけると、倒れているアルフィリースにすり寄っていった。
「懐いて・・・いるのか?」
「おやおや、これは一体どうしたことだね?」
突然一行の背後からしわがれた声が聞こえてきた。全員が驚いて声のした方向を見ると、そこには白いローブに身を包んだ白髪の老婆が一人立っていた。
「おやめ、ルージュ」
その一声でドラゴンゾンビはアルフィリースから2、3歩下がり、大人しく座り込んだ。
「さて、これは一体どうしたことかね。この場所に客人自体珍しいことじゃが・・・おや?」
老婆がミランダに目を止める。彼女はようやく腹から木の枝を引き抜いたところだった。
「はて、どこかで会ったかね?」
「ボケたか、ばあさん。アタシだよ、赤鬼のミランダさ。まだ死んでなかったか」
「ほっほほ、ミランダじょうちゃんかい。これは懐かしい顔だよ。あれからもう何年経ったかの?」
「140年はゆうに経ったかな・・・その『じょうちゃん』ってのはやめな。歳はアンタとそんなに変わらないだろ?」
「久しぶりに会ったって言うのに随分な言い草だよ。自分のケツもふけない人間は、半人前だと思うけどねぇ?」
「ケツとか言うな、ババア」
「その口の汚さ、間違いないね。どれ、こんなところじゃなんだ、私の住処に案内しようじゃないか。この獣人の娘と、そこで倒れている娘を運んでおいで、手当をしてやるよ。じょうちゃんは一人で歩けるね?」
「ああ、もう塞がった」
「だ、そうだ。ラーナ、アンタの手助けは必要ないよ」
いつの間にか、ミランダの後ろには前進黒づくめの女性が立っていた。いや、名前と、かすかな胸のふくらみで女性とわかるだけで、フードに覆われた顔は全く見えなかった。ラーナと呼ばれた女性はぺこりとお辞儀をすると、老婆についてその場を後にした。
ミランダ達も顔を見合せながら、エアリアルがアルフィリースを抱え、それぞれが後に続く。
***
「なるほどねぇ、そんなことが」
「ああ、外の世界も随分変わってるけど、婆さんはずっとここかい?」
「フェアとおよび、じょうちゃん」
「アタシもミランダだって言ってんだろ」
だがそう悪態をつくミランダの顔はどこか優しげだ。久方ぶりの顔馴染みに気持ちが緩んだのか、口調が傭兵時代のものに完全に戻っていた。
先ほどのルージュと呼ばれたドラゴンゾンビは、フェアトゥーセの近くでいつも寝ており、決まった時間になるとふらりとどこかに行くのだとか。特に害もないし、悪霊に乗っ取られて動くのではなく、妄執で動くタイプだからフェアトゥーセもなんとも出来ないのだそうだ。むしろ自分のいうことは聞くし、番犬がわりに置いているとフェアトゥーセは言っている。きっと元の気性がとてもおとなしいのだろう。もっとも、先ほどのようにルージュが自分から動くのは、フェアトゥーセも初めて見たと言っていた。
既にニアとアルフィリースは手当てが済み、2人とも隣の部屋で寝ていた。ニアの寝息は穏やかだが、アルフィリースは時々うめき声を上げているので、つきっきりでラーナが看病していた。
ニアの腕のことを説明するなり、フェアトゥーセは真っ先に治療してくれた。正確には魔術を含めた手術を行ったらしいが、この時代にまだ医学はあまり発達していない。何をどうしたかはミランダ達にはわからなかったが、助手としてついたユーティはいたく感動したようだった。
アルフィリースの方はと言えば、いまだにラーナが治療に当たっている。どうやらフェアトゥーセいわく、アルフィリースの方が重症らしい。とりあえずラーナの処置が終わるまでは、ミランダ達は出された食事と酒で囲炉裏を囲みくつろいでいた。さすがに白い魔女の家は完全に聖化されているので、快適だった。木造りの家にはそこかしこには不思議な植物や、魔術に使うであろう道具が並んでいた。
「ああ、あたしゃずっとここさね」
「ウィンティアがずっと姿を見てないから、死んだんじゃないかって言ってたぞ?」
「あたしゃまだまだ元気さ。ピッチピッチの300代さね」
「よぼよぼの死にかけだろうが」
けっ、とミランダが出された酒を飲んでいる。片膝を立てて、完全に傭兵時代に戻ったその様子に、ちょっとリサとエアリアルも戸惑い気味だ。
「なんたる言い草だね、ちょっと自分が不老不死だからって」
「ははーんだ。おかげでこちとらシワの一つもありゃしないぜ」
「全く、こんなのがシスターだなんて世も末だねえ・・・」
「んで、なんでこの土地から出ないのさ」
ミランダが興味深げに尋ねる。以前出会った時もそう思ったし、白の魔女と言えば、聖属性の精霊と契約した魔女のはずだ。聖属性とは無縁の、このような場所に住んでいるのはおかしな話だった。
「あたしゃ魔女のつながりって奴が嫌いなのさ。ここにいれば誰も尋ねてこれないからねぇ」
「偏屈極まりないね。ならなんで魔女なんかやってるのさ?」
「あたしが生まれた土地は疫病が流行っててね。周囲の人間はばたばたと死んでいった。あたしは幼い頃、死にたくないの一心だったよ。そんな時、先代の白の魔女に目をつけられてね。素養があるから引きとりたいってことだったが、あたしはとにかく死にたくない一心でその申し出を受けた。まあだから魔女になってみて、後悔していることこの上ないね」
「魔女がそんなんでいいのかよ!?」
「あんたにだけは言われたくないよ!」
言葉だけ聞いていたらケンカをしているような会話だが、2人は笑顔で会話していた。この2人は余程ウマが合うのだろう。
そんな会話をしている折、ラーナが隣の部屋から出てきた。
続く
次回投稿は4/9(土)20:00です。