戦争と平和、その277~悲願㊲~
「けっ、愛想の悪い野郎だ。不気味な奴だぜ」
「愛想は我々の誰もよくないと思うでござるがなぁ」
「『道化』の奴くらいかねぇ」
「あいつが一番気味が悪いね。せいぜい『薬師』の姉ちゃんくらいだ、イケてるのはよ」
「お主、ド変態でござるな。あの冷たい眼のどこがよいでござるか?」
「ゾクゾクしねぇか?」
「しないでござる。某、いたってまともゆえ」
「言ってろ」
互いに悪態をつきながら彼らは離れていったが、離れ際に伝蔵が一つだけ忠告した。
「おぬし、明日の相手は剣帝でござろう? その少女にあまり入れ込み過ぎはよくないでござるよ」
「逆だぜ。このままじゃ火照って寝れねぇ。憂さばらししねぇとな。これはそのための道具だ」
「それはそうでござるなぁ。拙者もどこかで憂さ晴らしすべきでござるかな」
「変態どもがどう憂さ晴らししようが勝手だが、アタシらの悪評だけは広めないでおくれよ?」
「知らねぇよ」
バスケスは人差し指を上に向けて、その場を去ったのである。その背を見て、伝蔵がふとこぼした。
「シェバ殿、あやつを捨て置くでござるか?」
「どういうことだい?」
「ゼムスに言われたでござるよ。制御できぬ駒はいらんと。次の依頼、雇い主はアルネリアではござらんが、目をつけられるのはまずいのではないかと」
「目に余るようなら我々で消せってことか?」
「しかり。そのために某と、軍団が派遣されているでござる。シェバ殿助力もあれば、確実に」
伝蔵の言葉にシェバはしばし顎をさすって考えたが、首を横に振った。
「よしな。奴が集中している時の動物的感にはワシの魔術も通じぬ時があるよ。それより、放っておけば自滅するさ。あとは知らぬ存ぜぬで通せばよいさ」
「アルネリアに通じるでござるかな?」
「他にカラミティもいることを考えれば、ワシらはいざという時に貴重な戦力となるだろう。だからこそ、アルネリアも我々の行動を見逃しておる。ギリギリまでは我慢してくれるだろうさ。それでだめなら――」
「やるでござるか」
「まぁその前に命運尽きたと思うけどねぇ。バスケスは剣帝を舐めすぎているよ。それに剣帝は怒りを力に変える種類の人間だ。さっき脇に抱えていた少女は、剣帝と縁のある少女なのさ。手を出したことがわかったら――あとは言うまでもないだろう」
シェバの言葉に伝蔵が頷いた。
「なるほど。ちょっとばかり少女には気の毒でござるがな」
「こんな場所に出てきたからには、たとえ少女といえども覚悟があるだろうさ。まぁよくて再起不能、悪けりゃ世を儚んで自死するだろうね」
「そうでござるなぁ。バスケスはなまじ壊し慣れているせいで、決して命をとらんでござるからなぁ。死ねぬことこそが不憫というわけか」
伝蔵は妙に頷いた顔で納得したが、その時背後で動く影があったことにはこの二人でも気付くことがなかった。
***
「ティタニアを取り逃した、ですって?」
「・・・は、面目ございません」
ミランダに報告する神殿騎士が青ざめた表情で報告をしていた。本作戦の本来の指揮官であるエルザがおらず、またバスケスなどの闖入者のせいで包囲網が大いに乱れたのは事実である。
だがあえて包囲網に隙を作り、そこに外部の戦力を集中して投入する作戦は上手くいっていたはずだ。ティタニアは罠にかかり、アルネリアの騎士はティタニアを逃がさないようにだけ集中していたのだ。
それにリサもいた。それがどうして逃すことになったのか。
「どこに目をつけていたのかしら? これだけ人がいて、たった一人を見逃すですって?
居眠りでもしていたの?」
「いえ、決してそのような」
「ミランダ、それ以上は八つ当たりですよ」
リサが本部に入ってきた。その姿は少々埃を被った程度で怪我はなさそうだが、ティタニアを相手にしたという憔悴は見て取れた。
リサが怒りをあらわにするミランダに報告をした。
「そこの神殿騎士はただ報告をしているだけです。失態の責を問われるのはあなたとエルザ。そうですね?」
「・・・その通りだわ。だけど、あなたがいて逃すなんてありえるの?」
「それがあり得たから報告に直接きたのです。私のセンサーは問題なく稼働していました。この魔術都市アルネリアにおいては完璧とは言えませんが、確かにティタニアを常に捕捉していたのです。
それが、突如として消えました。正確にはもう一人、おそらくはタウルスという闘士も同時に、リサのセンサーの範囲内から忽然と消えました」
「範囲――どのくらいかしら?」
「聖都アルネリア、ほぼ全域です。追手を出すなら、都市外に派遣すべきかと思います」
リサの言葉に、ミランダがすうっと冷たい眼をした。その目をリサが見ることはないが、思わずリサでも一歩たじろぐほどの冷えた殺気だった。
リサがミランダの殺気に退く必要はないと自分でわかっていながら、思わず気圧されるほどに迫力があった。
続く
次回投稿は、1/3(水)23:00です。