戦争と平和、その272~悲願㉜~
「残す言葉はおありで?」
「ないね。さっさとやれよ」
「・・・気に食わないですね。何を企んでいます?」
「いつもどうすればより多くが苦しんで、より僕が愉しむか、だよ」
「聞くだけ愚問でしたね。では」
ティタニアが黒点剣をドゥームの上に降ろした。高速回転する黒点剣は薄く広がり、ドゥームの痕跡を残さず擦り潰し、また元の球体に戻ってふわふわと浮かんでいた。
そしてその背後にいる者に、ティタニアが問いかける。
「貴女も気に食わないと思いませんか?」
「さての。小鬼の言葉になんぞ興味がありゃせんわ」
賢者シェバが背後に立っていた。杖をつき、やや腰が曲がった老齢の魔術士がティタニアの前に立つ。ティタニアはシェバを見るとうっすらと微笑んだ。
「貴女は賢者シェバですね? お噂はかねがね」
「ほ、ワシのことを知っておるかえ」
「黒の魔術士の勧誘対象だったはずです。ヒドゥンから話だけは聞いていますよ、勧誘したが断られ、しかも逃げられたとね。ヒドゥンが随分と不機嫌になっていたので、我々の間でも少し話題になりましたから」
ティタニアの賛辞ともとれる言葉に、シェバは相好を崩す。
「なんのなんの、半端者の吸血種には遅れは取らぬ。とはいえ、お主が来ていたら逃げ切れたかのぅ?」
「ふふ、ご老体。ならばなぜいま私の前に現れたのです? 殺気に満ち溢れているように見受けられますが?」
「なぁに、ちょいと弟子のお礼をせんといかんしの。それに、主の魔術に興味があるのじゃ。お主、魔術の中に何を隠しとる?」
シェバの言葉にティタニアの表情が曇った。元々殺気を隠そうともしていない笑顔だったが、その表情から笑みが消えた。
「――成程、確かに油断ならない御仁のようだ。さすがに賢者と呼ばれるだけのことはある」
「お主と同じで、道号は望んだものではないのだがの。それよりお主、その呪印は自ら施したものか?」
「そうですが、何か?」
「嘘はいかんぞ、剣帝よ。その呪印、他人に施されたものじゃろうが? 術式が四肢と胴体で細かな部分が違うぞえ。
一見、解放すると力を付与する『強化』の呪印に見えるが、実際には封印した力を解放しておるようじゃな。術式が下手くそゆえに大魔王ごと自分の力も封じておるようじゃが、四肢と胴体まで解放しては大魔王の封印に影響があろう。
あと、どのくらいでペルパーギスは目覚めるのじゃ?」
その言葉が終わるか終わらぬかのうちに、ティタニアがシェバに斬りかかっていた。シェバは高齢とは思えぬほど速い動きでティタニアの剣を躱した。
シェバは一度距離をとると、ふぇふぇと笑いながらティタニアの観察を続けた。
「これ、老人をいたわらんか」
「黙りなさい。どうやら賢者と言うより、妖怪変化一歩手前の化け物のようですね。疾く成敗するのが正解だということがわかりました」
「できるかのぅ? 伊達にワシはここまで生きとらんぞ?」
シェバの掌からは緑の霧が発生していた。また霧か、とティタニアが思うより早く、霧は周囲を覆っていく。
霧の中からどこからともなくシェバの声が聞こえてくる。
「(テトラスティンとリシーの二人を追い込み切れず魔術協会を退いたがのぅ、ワシの戦い方は100年以上負け知らずよ。オーランゼブルがワシを殺さず仲間にしようとしたのは、単にワシの魔術士としての力量が当代随一だからじゃ。純粋な魔術士としてなら、お前たち黒の魔術士よりも上である自信はあるのぅ)」
「ならば、姿を見せて正々堂々と戦ったらどうですか?」
「(馬鹿言え、お主のような化け物と正々堂々戦う必要がどこにある。戦いとは第一に生き残ること、相手を倒すのは二の次じゃよ。そういう意味では、先ほどの小鬼は勝ち方をよくわかっておる。
お主が警戒するのもよくわかる。ああいうのが、存外最後に勝ったりするのじゃ)」
「ち、おしゃべりな」
その割に、シェバがどこにいるのかがわからない。声は四方八方からまんべんなく聞こえるし、ただの霧でないことは明白だ。
幻惑、催眠、鈍化――最低でも三重の効果が仕掛けてあることはわかるが、やがてティタニアの足元がずぶりと沈むと、ティタニアはそこで初めて周囲の異変に気付いた。
続く
次回投稿は、12/23(日)23:00です。